心の中には、大きな湖がある。
湖は、自分のことを、「私」と言った。
湖の独り言が、始まった。
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かつての私はいつでも、
水面は平らにしておきたかったんだ。
でも、時々、小さな石が飛び込んできて、
湖全体に波紋が広がる。
嫌だったんだ、波紋が広がるのは。
いつでも、静かにしていたかったんだ。
だから、湖水をうんと冷やして、
表面をカチカチに凍らせた。
その後も、石はあちこちから飛んできたが、
どれも氷の上で転がり、そのまま留まった。
ほら、もう、波紋は広がらない。
私は、自分の作戦に満足した。
ところが、何年も経つと、溜まった石の数が増え、
重みで、氷がひび割れそうになった。
何でこんなに、つらいんだろう、重いんだろう。
どこで何を間違えてしまったのだろう。
冷たく重い心で、じっと考え続けた。
ある日、小さな鳥が来て、
水を飲みたそうに、氷の面をつついた。
あまりにも可愛い鳥だったので、
私は湖水の一角だけを溶かして、水に戻した。
鳥は喉を潤し、去っていった。
ところが、それが契機となって、
湖全体が温まりだし、氷が溶け始めてしまった。
それまで上に溜まっていた石が、ことごとく、次々に、
湖の底に向かって、一気に下に落ちだした。
とめどない波紋。しぶきを上げる湖水。
平らかな表面を望む自分からすれば、
それは、世の終わりにも思えた。
気が狂ってしまうのではないかとさえ、感じた。
しばらくすると、静寂が戻ってきた。
ふと考える。もし、凍らせなければ、
これらの石の衝撃が、
その都度の話で、済んだのではないだろうか。
石を見まい、波紋を感じるまい、としたために、
かえって、溜め込んでしまっていたのだ。
それを知って、私の心は、
今、とても穏やかになった。
やっと、平らな自分がわかった気がする。
ふいにまた石がひとつ飛び込んできて、
小さな波紋を作り、静かに消えていった。
私は、微笑んだ。
そうだ、石は、いつもどこからか飛んでくる。
波紋が出来るのは、自然の流れ。
来た石を、ただ受け容れればいい。
波紋のありさまを、ただじっと見ればいい。
石は、敵ではなかった。
本当の敵は、
「常に平らであろう」とする、我の強い自分であった。
もう、私は、湖水を凍らせようなどとは思うまい。
いつでも、動物たちのために、水を提供しよう。
沈んだ小さな石たちは、私の大切な歴史になった。