企業や店舗などが客に謝罪する時、
敬語で応対するのに対し、怒っている客側が
「誠意がない」「声が小さい」「説明が足りない」
「いったいどうしてくれるんだ」などと怒鳴る。
そんな様子をよくテレビで見かける。
今ちょうど敬語の本を読んでいるので、
「どうしてせっかくの敬語が、
いまいち役に立たないのだろう」と感じた。
そもそも、敬語とは何のためにあるのだろう?
ということを、ちょっと考えてみた。
敬語の本を読んでわかったのは、
相手への思いやりの気持ちがあるからこそ
敬語を使うのだろうな、ということ。
自分の立場を低くして、相手を上位にする。
これが、日本人の美徳であり、
ひいては接客業に使われることになっている。
しかし、接客する店側だけが頭を下げる
という構図で、果たして正しいのだろうか。
昔の人は、店側だろうと客側だろうと、
双方共に、相手を立てる気持ちを
持っていたんじゃないかな、と私は感じる。
みんながそろって「私が下位の者です」と言うので、
結局、上には誰もいない、ポッカリとした空間。
みんなが下位のため、立場が対等になっている。
敬語を使い合うことで、
上下関係が明確になる様に感じるがそれは錯覚で、
よくよく見れば立ち位置は同じになっているという、
実に回りくどい形で思いやりが成立している。
店側が敬語を使い、頭を下げるのを見て、
客側が「自分が上なんだ」「偉いんだ」と感じ、
ここぞとばかりに横柄な態度に出るのは、
客側に敬語の奥ゆかしさが理解できていないし、
さらに、店側への思いやりが欠けている気がする。
私は、企業や店舗による説明の
不足や曖昧さなどには困惑するが、かといって、
「客である自分の方が偉いのだ」などとは
あまり考えたくないし、
相手がこちらを大事に思って敬語を使ってくださるなら、
こちらも相手を大事に思って敬語で応対したい。
同じ人間同士なんだものね・・・。
とはいえ、今までの自分の態度を思い起こすと、
顔から火が出る思いがする。
気づいた今から、少しずつでも改めていきたい。
この年になって、やっと真の謙虚さ、というものが
わかってきた気がする。
自分を卑下し卑屈になるのが謙虚なのではなくて、
相手を大切にする気持ちや思いやりから
言動を整えるのが本当の謙虚な姿なのだ、と。
敬語を使う側が使役される方で、
敬語で持ち上げてもらう方が君臨する側である、
という勘違いはもうやめようと思う。
敬語によって、君臨する側であると勘違いした途端、
相手に対する思いやりが消えてしまい、
自分のわがままを言いたい放題にぶつけたり、
極端に横柄になってしまうのは、
ちょっとみっともない気がする。
相手が敬語を使おうが使うまいが、
敬語の言い回しが上手だろうがへただろうが、
こちらからは常に、
相手を大切にする気持ちを持っていよう、と思った。
対等な立場であるということを認識しつつ、
相手を上手に立てる、そんなスマートな大人になりたい。
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(4月21日に記す)