「気づき」とは何だろうか。


それは、

「自分の習慣(パターン)を知ること」だと思う。


習慣になってしまったことは、

無意識の行動となってしまうので、

気づこうとしなければ、気づかない。

日頃、自分はどんなセリフを使っているか、

どんなことを考える傾向があるか、

どんなものを口にしているのか、

見過ごしている不便さとは何か、

などなどを、意識して、自分自身を見回してみる。

ただし、発見したことについて、絶対に評価をつけない。

「いつも~している→ダメなんだ」とか、思わない。

「いつも~しているのか。ふ~ん。」と、

自分を客観的に理解するだけに留める。

「気づき」とは、「自己理解」だ。


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自己理解が出来ると、

それについての対応策も出やすくなる。


「いつも、このパターンだ。

 他にもやり方はないだろうか。」


自分や他人、周囲の状況にケチをつけず、

出来事だけを客観的に見て、

「このパターンは、これでいい?

 それとも新しいパターンを探してみる?」

と、模索していくことで、新しい扉が開いていく。


たとえば、

風呂上がりのアイスは美味しいが、

食べると必ずお腹を壊す、何でだろう、と思う。


「母がアイスを買い置きしてるのが悪い」

「アイスが冷たいから悪いんだ」と

人や物のせいにしても、現状打開には至らない。


風呂上がりではなく別の時間帯はどうだろう、、

アイスではなく牛乳だったらどうだろう、

そもそもアイスが食べたかったのか、などと

自分のパターンをあらゆる角度から検討し、

自らで人体実験を開始してみる。


実験なので、失敗しても構わない。

新たな次の方法を考えてみるだけ。


つまり、気づきを得たら、

意識して、別の新しいパターンを増やす。


そうすると、自分の器が大きくなる。


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「気づいているよ。でも、直せないよ。」

いつも思うのなら、

それも、一種のパターンである。


私が言っているのは、

「責める理由を探せ」ではない。

ただ、

「パターンを見なさい」ということだけ。