(この記事は、11月24日記す)
今の私は、脳みそが沸騰して、
冷静な判断力が失われてしまった。
頭が回らず、ボーッとしてしまう。
そもそも、長女に説教して以来、
それが良かったのか悪かったのか、
今後どうすればいいのか、などと
ずっーとグルグル考え続けたせいだ。
オーバーフローでシステムダウン。
エヴァンゲリオンでいったら、
暴走したあげくに機能停止といったところ。
イメージ状に存在する平和な南の島で、
誰かに「浜辺の長いすに座ってて」と言われたら、
今なら喜んで寝ていられる。
(今までは、気持ちがソワソワしてしまっていて、
長いすに座ろうとしても無理だったけど。)
というか、ぶっちゃけ、そこで気絶していたい。
もう、疲れ果てた。ふて寝したい。
どーこで、まちがえちゃったーのーかーなー。
煙の出た脳みそ状態で、
透き通るような青い空を見上げるしか出来ない。
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脳内がボーッとしていた朝(11月24日)、
朝食を食べながら次女が私に
「ママ、普通の顔をしていても、
神様はパワーをくれるかなあ?」と聞いてきた。
今までは、朝いつもナーバスで泣いていた次女だった
(この日は普通の顔だった)ので、
「泣いてばかりだと、神様からのパワーが届かないよ。
いつも笑顔でいてね。」
みたいなことを、ずっと言っていた私。
ん?私は次女に、笑顔を強いていた?
「・・・うん。普通の顔でもパワーをくれるよ、きっと。
ちょっとくらい泣いても怒ってもいいんだよ。
泣きすぎ、怒りすぎは、体に良くないけど・・・。
普通の顔なら、大丈夫だよ・・・」
と、次女に返事した後、その自分の回答にビックリした。
ああ、私って、また完璧主義だったなあと気づいた。
「笑顔」と「泣き顔」の
中間(普通。真顔。)がすっぽりとぬけていた。
長女の件についてもそうだ。
「説教をする」or「しない」、
「三毒である」or「三毒ではない」、の二択ばかりだった。
次女ちゃん、ヒントをありがとう。わかりかけてきた。
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脳みそで考えると、限界があるってことだろうな。
この脳みそは、いつもYesNoで考えたがる。
もう、こんな半端な脳みそで考えるのはいやだ。
質問が浮かぶ。「何で、そんなに、心を磨きたがる?」
答え。「だってさー、地獄に堕ちたくないからさー。」
・・・という理由で、必死になってた気がする。
必死に磨いても磨いても、自分にYesが言えなくて、
「まだまだだ!」と強迫観念にかられてたみたい。
「長いすに座ってる場合じゃないんだ、
磨かないとやばいんだ~」などと、
焦り気分でいるから、平然とゆったりと寝そべれない。
今一度、冷静に自分を見てみたら、
そんなにひどい人間じゃないよなあ、私。
天使でもないが、鬼畜、ってほどでもないよな。
フツーだよ、フツー。もう、それでいいじゃん。
最高の天国には行けなくても、
地獄に行くこともない、適度な中間でいいじゃん。
「フツーな自分」に満足できなくて、
磨きジャンキーになってたのかな。
あーあ。「今ここ」を肯定してなかった。なーんだ。
私の脳みそちゃん、ちょっとバカンスに行っておいで。
のんびりしておいで。
「今のまんまでいいんだ」って腑に落ちるまで、
そこでトロピカル気分になっててちょーだい。