NHK教育の「にほんごであそぼ」をみた。
「なせばなる なさねばならぬ なにごとも」
という言葉が、漢字を用いて画面に出てきたが、
「為せば成る」だったので、すごく驚いた。
私のイメージでは、ずっと前から
「とにかくやれ やらなくてはならないんだ どんな事も」
というニュアンスで受けとめていたのだが、実は
「行動を起こすと、その結果が出てくる」
という因果律の意味だったのか、と改めて知った。
「為さねば成ならぬ」(=「行動無しは、結果無し」)を
「~ねばならぬ」(=「~しなくてはならない」)と思ってた。
「カボチャの種をまけば、カボチャの実がなる。
カボチャの種をまかなければ、それは実らない。」
という意味だったのか。目から鱗。
*****
何事にも気に病むタイプの次女は、
体調は戻ったものの、相変わらず、朝になると泣く。
「学校がいや」と泣くので、「何で?」と尋ねる。
「火曜日に出る(給食の)ヨーグルトが嫌だ」という。
泣いている日は、日曜・・・。
「ああ。あさってのことは、あさって考えたら?」というと、
「あさってじゃなくて、さ来週の火曜だよ」という。
次女は、2日後の火曜ではなく、
9日後の火曜の献立を心配をしていたのだった。
「あ、そう。明日(月曜)の給食で何が楽しみ?」
「ロールパン」
「じゃ、ロールパン楽しみだなあ、と思ったら?」
「・・・うん。」
しばらくたって、「やっぱりヨーグルトは嫌だー」と泣く。
偏食な次女にとって、完食強要の給食は拷問らしい。
「次女ちゃん、悲しくなったり辛くなったら、
別のことを考えると良いよ」と、私。
「例えば?」
「うーんと、『じゅげむ』とか~、『九九』とか~。
あと面白かったフレーズがあれば、それを言うの」
その後、素直にも次女は、涙が目に浮かびだすと、
ハッとした顔になって
「じゅげむじゅげむごこうのすりきれ、かいじゃり・・・」
とか
「いんいちがいち、いんにがに、いんさんが・・・」
とか唱え出す。
あと、テレビか何かで知った面白い言葉を思い出して
「『お菓子をジャンジャン持ってこーーい』。あはは。」
と、”ジャンジャン”がツボなのか、何度もそれを言う。
出来る限りの発想の転換方法だけを教えて、
あとは手を出さず、次女の様子をうかがっていたが、
あるとき、台所にいる私に、
「ママ、良いこと覚えた。『なせばなる』っていうの。」
と言い出した。
次女も「にほんごであそぼ」をみていて、
このフレーズが頭に残ったのだろう。
「これから、悲しくなったら『なせばなる』って
言うことにする」
と、自分で決めたらしいので、
「そうか。それはいいね」
と、私は頷いた。
次女がこの「なせばなる」を、
「為せば成る」と本来の意味で捉えたのか、
それとも昔の私のように「やるぞ!」などと
違う意味で捉えたのかは疑問なのだが、
次女が自分で選んだ言葉なので、それで良しとする。
その後、平日の朝、重たいランドセルを背負いながら
いつもちょっぴり涙ぐむのだが、その後、
「・・・なせばなる。」
と、けなげにつぶやいて、玄関に向かう次女。
(うう。つらそうやな。頑張れぃ。)と私は心で応援しつつ、
「いってらっしゃい」と笑顔で、毎朝、送り出している。
毎日頑張って学校へ行っているだけでも、すごいことだ。
どんな結果が出るかわからないけれども、
やっぱり「為せば成る」んだと思う。
遠ざかるその小さな背中を、じっと見守る。