夕方、次女とスーパーへ行った帰り、

小学生の下校の波とすれ違った。


その中で、二人の小学校低学年の男子が、

傘を振り回しながらチャンバラして歩いていた。


すれ違いざま、「振り回すとあぶないよ~」と

小さな声で注意したら、通り過ぎた私の背中に

「うるせー、クソババア」と声が追っかけてきた。


なぬ?っと一瞬ムカッとしたが、振り向かなかった。

ああ、そうですかい。

怪我をしたいなら、好きにせい。と、思った。


で、そのエピソードを、すぐに忘れれば良かったのに、

なぜだか「クソババア」の一言が頭を離れず

何度も脳内でリピートするので、

しばらくの間、とてもしんどくなってしまった。


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翌日、読者登録している某メルマガが届いた。

「二の矢を受けず」という仏教の話が載っていた。


まず、人生で受けとめるのが、一の矢。

うれしいこと、悲しいこと、どんな出来事でも、一の矢。

この一の矢は、受けとめるしかない。


この一の矢を受けて、

わき起こるネガティブな感情や行動が

二の矢になる。

これがさらに自分を傷つけることに繋がるという。


が、悟りを開いた人は、二の矢は受けない

・・・などと、メルマガに書いてあった。


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今回「クソババア」と呼ばれたのが一の矢としたら、

それを受けてしまったのはしょうのないことだ。


が、このことを何度も思い出すことが

二の矢、三の矢・・・となり、

私にブスブスと刺さっていく。


落ち武者のごとく矢が刺されまくりの背中になるが、

一本だけは外から来たもので、

残りの矢は、なんと自前である。


自分自身にわざわざ矢を刺すなんて、

なんとバカらしいことだろう。


自分が作り出すつまらぬ矢は、

両端を持ち、膝を使って二つに割ってやる!


これからも、二の矢、三の矢を放ちそうな時は

なるべく冷静になって思考を中断するか、

あるいはそれでも放ってしまったら、

その都度、矢をへし折ろうと思った。


悟りにはほど遠い私は、とにかく自前の矢を

折るべし折るべし折るべし。(by 明日のジョー風)