まだ結婚する前、夫とデートしているとき、
一緒に靴を買いに行った。
(余談だが、当時は、バブル期真っ最中であった。)
「このブランドが良いよ」
という当時の夫の言葉に従って、
結婚後もずっとそのブランドで通してきた。
そのブランドが、特に好きだったわけじゃない。
おしゃれに自信がなかっただけに、
単に良し悪しがよくわかっていなかっただけ。
たまにもっと安い靴を店で試したくても、
夫が許してくれなかった。
しかも、絶対にそのブランドでなくちゃダメらしかった。
足のサイズが23.5なのに、
店内にジャストサイズがなければ、
23とか24とかを買え、というようなムチャぶりの夫。
そんなわけで、ゆるすぎたりきつすぎたりでも、
全体的に堅くても厚底でも歩きづらくても、
ブランドさえ外していなければ、
それは良しという基準となっていた。
昨日、靴箱を開けてみたら、
ほとんどがそのブランド。
普段履きしているのも、そう。
けれど、突然、雷に打たれたように、
このブランドが嫌になってしまった。
なんでこんなきついのを、ずっと無理してるの。
なんでこんな大きいサイズを、取っておくの。
靴なだけに、窮屈なんだよ、この生活は。
もー、耐えられん。
へそくりを持ち出して、一人、鼻息あらく、
靴のディスカウントショップへ向かった。
見慣れたブランド品も並んでいたが、無視。
安っぽかろうが、おばさんくさかろうが、
履いていて快適なものを選ぶのじゃっ。
色々試し履きをして、マイフットが、
「な、何なんですか、この安らぎは~。最高っす♪」
と、とろけるような声を出した靴を、レジに持っていった。
これは、ある意味、革命だった。
夫からの呪縛。ブランドからの呪縛。
これでなければだめだ、という思いこみの呪縛。
それを、三千円の靴が救ってくれた。
・・・いや、値段ではない。
足が語る言葉を、きちんと聞く姿勢の問題。
これこそが本当の自立だ、と確信した。
世間では、自分で稼ぐのが自立だとか言うが、
自立とは、単なる収入の問題じゃないんだ。
自分で考えて、自分で決める。
これが自立なのだと、完璧に理解した。
夫に「これはブランドじゃないな!」と言われたら、
「年をとったから、もう堅い靴は無理なのよ~ん」と
正直に言おうと思う。
第二の心臓をいたわるぞ、これからは。