過去、慣れぬ育児に疲れていたときは
娘たちの存在がきつかった。
一番一人になりたいときに、
子どもたちは私にまとわりつくのだった。
一人になれず、つらかった。
なんでこんな生活になってしまったのかと、
暗いトンネルの中にいるような気もした。
でも、娘たちのおかげで
小さい子をいたわり愛するということを
知ることが出来た。
だから、すごくありがたいことだと今は思う。
あのトンネルのおかげで、今の私がいる。
ある日、次女が具合悪くてゆっくりしか歩けず、
並んで家路をたどるとき。
次女の歩幅とスピードに合わせている自分に
とても驚いたと同時に
こんなにも自分が優しい人間になれたことに
ものすごく感謝したくなった。
ある日、缶コーヒーを飲んでいた夫が
「半分お前にやる」と
差し出してくれたとき、
結婚式で指輪交換をしたときよりも
猛烈にうれしかった。
この夫と歩いてきて良かった、と思った。
たかが缶コーヒーで、と言われるかもしれない。
でもこの一件で、「ああ、そうだったのか!」と
私はやっと理解した。
今までは、夫とどう向き合って良いかが
本当に手探りだった。
結婚してから恋人時代の延長は難しかった。
夫婦の関係の距離感が掴めず、試行錯誤した。
子どもたちにとっての父母でしかない、
という付属の存在にもなりきれなかった。
でも、今年の夏、
夫から缶コーヒーをありがたく受け取ったとき
私はやっと気がついた。
私は私のまま、ありのままでいればいいのだ、と。
恋人らしく、妻らしく、母らしく、
常識人らしく、マナーのしっかりした大人として・・・など、
あらゆるつまらない演技を全部とっぱらって
「真の私」として生きれば、
どの人とも上手に付き合えるのだと、やっとわかった。
この夏、久しぶりの家族での遠出は、楽しかった。
夫が車を運転し、
娘たちは遊び疲れて寝ていた。
私は、車窓から流れる風景を見る。
自然と顔がほころんでいた。
家族のおかげで、私は、自分自身を見つけた。
本当にありがとう。