今年のサッカーワールドカップは、

勝敗をタコが占うという話で盛り上がった。


ドイツの水族館で飼われているタコが、

国旗がついている二つの水槽の

どっちに入るか、という占い方だった。

それが百パーセントの的中率だったから驚きだ。


スペイン対ドイツを占ったときに、

タコはスペイン国旗のついた水槽を選んだ。

果たして試合はその通りの結果になったので

ドイツ国民は怒って

「タコを調理してしまえ」と騒いだとか何とか。


冷静になって考えてみれば、

このタコが、サッカーの勝敗を決めたわけではない。

(当たり前すぎて、書くのもいやになる。けど、書く。)


タコは、ドイツ国旗がついた水槽の中にある貝より

スペイン側の水槽にある貝が美味しそうに見えて、

そちらをただ食べただけで、

人間がそこに意味をつけたというだけだ。


まあ確かに、

この的中率はすごいと思う。神懸かりだろうか。

その事に対しては、驚嘆するしかない。


が、「タコのせいで試合が負けた」と捉えるのは

浅はかすぎるように思える。


全部タコで決まるなら、試合をやる必要もない。


****


これが、人間の占い師だったらどうだろう。

自分はドイツ側の占い師だからと、

占い結果に関係なく、ドイツ側に勝機あり、などと

嘘をつく人が出るかもしれない。


が、自分の国の側に義理立てをしても

商売の占い結果は外れることになるので、結果、

自分の占い師生命?が絶たれてしまうだろう。


本当のことを言えば殺され、

義理立てして嘘を言えば信用がなくなる・・・。


そのような状況に立たされた場合、

私はどっちを選ぶだろうか。


こんなことで殺されたくはないから

ひょっとしたら嘘をつく可能性もある。

私という人間は、かなり弱いから。


けれど、理想としては、

「いつでも正しくありたい」なあと思う。


ここでの「正しい」は、自分の心に正直な方。

自分が選び取った答えとその結果に悔いのない方。


商売の占いは外れることになるけれども

自分の命の方が一番大事だから

ここでは保身に回って自分を守ろう、

と思ったらそのようにする。


あるいは、自分の命よりも、

この仕事に責任を持ちたい、と思うなら、

占い結果を重視する選択をする。


どっちを選ぶにしても、世間がどう思うかより、

なによりも自分自身が、

自分の出した答えに納得したい。

****


私は、占い結果は参考にはするけれども、

だからといって、それだけを頼りにはしたくない。


誰かの占いの言葉を全部鵜呑みにして

右往左往する人生を選択したくはない。


最終的には自分が決める人生がいい。


その上で、結果がたとえ失敗であろうと、

私にとっては、

きっとそれが正しい道になると思う。


タコ占いで勝手に人生を決めつけておいて、

失敗したらタコのせいにしようと考えるのは、

それこそ「タコ野郎」になってしまうではないか。

(このセリフは、タコに失礼でした。暴言お許しを。)


自分の人生の試合は、自分でやるしかない。

自分にとって悔いのないよう、プレイするだけ。