今年のサッカーワールドカップは、
勝敗をタコが占うという話で盛り上がった。
ドイツの水族館で飼われているタコが、
国旗がついている二つの水槽の
どっちに入るか、という占い方だった。
それが百パーセントの的中率だったから驚きだ。
スペイン対ドイツを占ったときに、
タコはスペイン国旗のついた水槽を選んだ。
果たして試合はその通りの結果になったので
ドイツ国民は怒って
「タコを調理してしまえ」と騒いだとか何とか。
冷静になって考えてみれば、
このタコが、サッカーの勝敗を決めたわけではない。
(当たり前すぎて、書くのもいやになる。けど、書く。)
タコは、ドイツ国旗がついた水槽の中にある貝より
スペイン側の水槽にある貝が美味しそうに見えて、
そちらをただ食べただけで、
人間がそこに意味をつけたというだけだ。
まあ確かに、
この的中率はすごいと思う。神懸かりだろうか。
その事に対しては、驚嘆するしかない。
が、「タコのせいで試合が負けた」と捉えるのは
浅はかすぎるように思える。
全部タコで決まるなら、試合をやる必要もない。
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これが、人間の占い師だったらどうだろう。
自分はドイツ側の占い師だからと、
占い結果に関係なく、ドイツ側に勝機あり、などと
嘘をつく人が出るかもしれない。
が、自分の国の側に義理立てをしても
商売の占い結果は外れることになるので、結果、
自分の占い師生命?が絶たれてしまうだろう。
本当のことを言えば殺され、
義理立てして嘘を言えば信用がなくなる・・・。
そのような状況に立たされた場合、
私はどっちを選ぶだろうか。
こんなことで殺されたくはないから
ひょっとしたら嘘をつく可能性もある。
私という人間は、かなり弱いから。
けれど、理想としては、
「いつでも正しくありたい」なあと思う。
ここでの「正しい」は、自分の心に正直な方。
自分が選び取った答えとその結果に悔いのない方。
商売の占いは外れることになるけれども
自分の命の方が一番大事だから
ここでは保身に回って自分を守ろう、
と思ったらそのようにする。
あるいは、自分の命よりも、
この仕事に責任を持ちたい、と思うなら、
占い結果を重視する選択をする。
どっちを選ぶにしても、世間がどう思うかより、
なによりも自分自身が、
自分の出した答えに納得したい。
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私は、占い結果は参考にはするけれども、
だからといって、それだけを頼りにはしたくない。
誰かの占いの言葉を全部鵜呑みにして
右往左往する人生を選択したくはない。
最終的には自分が決める人生がいい。
その上で、結果がたとえ失敗であろうと、
私にとっては、
きっとそれが正しい道になると思う。
タコ占いで勝手に人生を決めつけておいて、
失敗したらタコのせいにしようと考えるのは、
それこそ「タコ野郎」になってしまうではないか。
(このセリフは、タコに失礼でした。暴言お許しを。)
自分の人生の試合は、自分でやるしかない。
自分にとって悔いのないよう、プレイするだけ。