6月25日に見た夢。

(オゲレツな表現があるので、食事中はご遠慮下さい)


小学校の教室で、子どもたちが床に腹這いになり

勉強をしている。

私は大人(先生?)であり、教室の入り口の外から

子どもたちを見ている。

私は、トイレに行きたいと思っている。

が、トイレは、子どもたちのいる教室の奥に

そのドアがあるので、彼らの前を横切ることで

勉強の差し障りがあってはいけないよなあと思う。


なので、教室には入らずに、

廊下の先にある別のトイレに向かうことにする。

ふと「今自分は、本当に用足ししたいのか?」と疑問に思う。


女の子が一人、トイレに入りたがっていたので、

まず彼女を先に促した。

怪訝そうな顔をして、その子は先に入っていった。

次に私が個室に入ると、そのトイレのドアは、上半分がない。

ふとドアの方を見ると、男性が二人、私の様子を見ている。

「見たいなら、見るがいい!」と私は開き直り、

私はわざと自分の出した排泄物を

さも見せつけるような位置に座り直し

自分の尻をずっと拭いている・・・という夢を見た。


ううう。何でだ。またトイレの夢を見てしまった。

トイレは浄化の意味があるし、

排泄物はたぶん私のブログを意味するのだと思う。

見たい人は見ればいい、という気持ちだろう。


****


でもって、その日、たまたまネット検索していたら、

オイレンシュピーゲルというドイツ語が目に入った。


ドイツ語の専攻だったのに、オイレンがわからん。(恥)

オイレンを調べたら、フクロウのことだった。

シュピーゲルは鏡。

フクロウの鏡=知恵の鏡、という意味だった。

おお、良い言葉じゃん。


つい調子に乗って、ネット翻訳で

「神よ、私に知恵の鏡を磨く力を下さい」を日→独語にし、

「Gott gibt mir Macht, einen Spiegel von der Weisheit zu polieren.」

久しぶりのドイツ語で胸が躍った。

その独語を再び日本語に戻したら

「神は、私に知恵の鏡を磨く力を与えます」と

出たので、ますますうれしくなってしまった。ダンケ、ダンケ。


さらにネット検索でオイレンシュピーゲルを調べると、

偶然、こんな記述をWikiで発見した。

 → ティル・オイゲンシュピーゲル


「オイレンシュピーゲル」、「ウーレンシュピーゲル」(Eulenspiegel)の名の語源解釈には二説あり、ひとつは高地ドイツ語での「フクロウと鏡」(Eule + Spiegel)という意味をそのまま受けたもので、上図の民衆本の表紙でもフクロウと鏡を手にした姿で描かれている。阿部謹也はこれを、木版画家のあまり意味のない解釈としている。民衆本の第40話には、彼が「いつもの習慣」としてラテン語で「彼はここにいた」の文字を「梟と鏡」の絵とともに書き残す場面がある。オイレンシュピーゲルがラテン語を使うという不自然さから、この部分は後世の付け足しと考えられている。

もう一つの説は、口承で使われた低地ドイツ語の方言で彼の名が「ウーレンシュペーゲル(ウル・デン・シュペーゲル)」(Ulenspegel)と発音され、これは当時の低地ドイツ語で「拭く」(ulen)と「尻」(猟師仲間の隠語のSpegel)、すなわち「尻を拭け」を意味する駄洒落であるとするものである。こちらも、民衆本の第66話で、窮地に立たされた「ウーレンシュペーゲル」が「俺の尻を(拭かなければならないほど汚いか、汚くないか)とっくりと見てみろ」と開き直り、これから逃れる場面がある。


うおお。

お尻を拭く、という言葉が、ここにも!!

しかも、開き直っている。(爆笑)


マジでビックリした。正夢だったのか?


そういえば、禅の公案か何かで、

「仏とは何か?」の問いに

「くそかきべらです」と答えた人がいたとかを

何かで読んだ気がする。


うーん、すごいなあ。

変な夢を見て、気になる「知恵の鏡」を磨いたら、

なんと排泄物のご登場とは。


まあ神仏はあちこちに存在するのだから、

こういうつながりもアリなのだろう、たぶん。


オイレンシュピーゲルの話は、

日本の吉四六さんと同じ、トンチの話らしい。

神様の、愉快ないたずらに、笑うしかない。


あ~!そういえば、今ちょうど

「寄生虫はつらいよ」(藤田紘一郎著)を読んでいて、

”人間の出したばかりの排泄物より、口の中の方が汚い”

という記述も読んだばかりだった。


これはすごい繋がりだ。

ここまで話が繋がって良いのだろうか?


この我が身に降りかかるシンクロに、

喜んで良いのか、トホホと思えばいいのか。

(でも愉快すぎて、密かに大笑いしている私がいる。)


まあともかく言いたいのは、

こんなブログで良いのなら、

見たい人は見てね、というオチです。