夕食後、家族でくつろいでいるときに、
膝骨折して現在リハビリ中の夫が
「手術中に突き指していたようだ」
という話をしてくれた。
全身麻酔で手術をしてもらい、
その麻酔から1日半たって目が覚めたら
右手の小指がパンパンに腫れていたという。
たぶん、ドラマ『救命病棟24時』のように、
数人の看護士に持ち上げられて
「せーの!ダン!!」と
手術台に乗せられた際に
全身麻酔で意識のない自分の尻の下に、
小指が入ってしまったのではないか、
と、夫は推測したようだった。
なので、後日、執刀医に、
「手術したとき、突き指した様なんですが・・・」
と、ふくれあがった小指を見せたのだが、
その話題はスルーされたという。
その話を聞いて、私と長女は、
腹を抱えて大笑いした。
笑いすぎて、涙も一杯出た。
夫が可哀想、という同情より、
「せーの!ダン!!」という夫の言い方が
思いきりツボに入ってしまったからだった。
夫自身も笑い話として語っているので、
家族が大笑いすることにとても気をよくしていた。
みんなを笑わせることが出来たので、
この突き指も案外、良い仕事をしたといえよう。
(実際に、手術中に怪我をしたのかは不明。
手術後に個室に運ばれて、
意識のないまま自分で寝返りを打った際に、
ベッドの縁にぶつけたという可能性もある。)
*****
久しぶりに大笑いして、本当に愉快になった。
気分が明るくなった。
そして、今回の骨折や突き指などを通して、
夫本人がどんな学びをしようが、どうでも良くなった。
気にならなくなった。
この「どうでも良い」は、
「あなたが悪くなろうが、こちらの知ったことではない」という
突き放しの意味ではない。
「お節介はやめて、天にお任せする」という信頼の気持ちだ。
それよりも、むしろ、
「あなたはちっともスピ的に学んでいないのね。」
という、夫に対する高飛車な思いに気づかされた。
私は夫を、心の中でずっと裁いていた!
「遊んでいないで、勉強しろ!」と、
日頃から娘たちに怒鳴る夫を見るたびに、
「人のことより自分の人生を見つめたら?」と
夫に心でツッコミを入れ続けていた私。
結局、似たもの夫婦だった。
これからは、このような裁きを止めて、
夫自身が行う人生の学びを尊重しようと思った。
娘たちに対しては、この距離感がつかめているので、
「宿題があるのなら、忘れずにやりなさいよ」とは言うが、
「他の人に負けないように、もっとやりなさい」などと
いちいち発破をかけるような言い回しは止めている。
娘たちの勉強は、本人のやる気にまかせている。
夫にも、そのような距離感で、今後、接しようと思う。
こうしろああしろと、学びをせっつかない。
自分の期待通りに相手が学ばないからと、イライラしない。
人は人。自分は自分。
成長やそのスピードを、そのまま信頼すればいい。
今回、涙が出るまで笑ったら、肩の荷がすっと下りた。
「私は、私の学びに集中すれば良いんだ。
他の人の学びは、その人におまかせしよう」と
心の底から、そう思えた。
「夫の学びに固執」という風船を、手放した。
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ちなみに、指のトラブルについて調べたら、
「自分にも他人に関しても、
細部へのこだわりは捨てるべきでしょうの意」
と書いてあったので、深く納得した。
私の代わりに突き指させちゃったかも。
ごめんね、夫。