(この記事は5月7日に書いてます)
5月1日に出張でインドから帰国した夫が
段差で転んでしまい、片足を引きずって帰宅。
脚の腫れと痛みがひかないので、
GWが終わって病院に行ったら、
左足のヒザの皿が割れていたらしい。
明日から入院で、手術する予定だ。
今までの私なら、夫への気遣いとか、
入院費の心配とか、
夫不在の不安や怒りなどが噴出しただろう。
が、今は、そういう気持ちはほとんど無くて、
「これをきっかけに、夫が少しでも
スピリチュアルに目覚めてくれますように」
という祈りの言葉しか浮かばないのだった。
身体がオオゴトになるまで学ばなかったのは、
夫本人の怠慢だろうと思う。
かなり痛そうなので可哀想ではあるが、これを機に
心の変容があるかもしれない、と期待してしまう。
でもって、実を言うと、入院する前の夫に、
夫の毛嫌いするスピリチュアルの本を渡して、
「実は、ヒザのトラブルの意味はね・・・」と
説明する気が満々だったのだが、
それはギリギリでやめた。何も言うまい。
何故かというと、下記のエピソードを思い出したから。
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一年前、当時小1の次女が行方不明になって、
私は近所方々を走り回ったことがある。
最悪の展開が頭をぐるぐる回り、
心配で倒れそうだった。
あのときにわかったことは、
「人間の力では及ばないことがいっぱいある。
自分の力には限界があるのだ。
出来ないことは、神様に全てを委ねよう。」という
生まれてはじめての、全幅の信頼だった。
次女がどういう状態で見つかろうと、
それを丸ごと受け入れようという構えになった。
果たして、次女は自力でコンビニに助けを求め、
警察で保護されて事なきを得た。
この事件の時、実は、長女にも学びがあった。
それまでは、姉妹でありながら、
本当に仲の悪い二人であった。
次女が行方不明になる前に、
長女は次女とケンカをしていたらしく、
その後次女がいなくなったというニュースを聞いて、
「このまま見つからなかったら、
一生後悔する!」とショックを受けていたらしい。
・・・と、最近、その話を、長女から聞いた。
次女が見つかって以来、
長女は本当に優しくなり、
二人は仲の良い姉妹になったのだ。
次女が迷子になるという同じ事件でありながら、
母である私の学びと長女の学びは
まったく違っていたのだった。
当然、迷子になった次女にも
別の学びがあったろう。
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だとすると、今回の「ヒザのトラブル」も、
人によって、気づきや学びは違うはず。
だから、夫が今回の骨折で何を学ぶかは、
本人に委ねようと思う。
私は、夫の骨折から得る自分の学びに集中しよう。