4月15日の明け方に見た夢。


私は小さな手漕ぎボートに乗っている。

同乗者が1名いる。

これからどこへ行くか計画を立てていると、

まるで空から降って湧いたように

ボートの中に、小さな子犬が出現した。

私はそのかわいい子犬を同乗者にあずけて、

世話してもらうことにする。


朝起きて、不思議に思う。

夢に「犬」が出てきたのは、初めてのことだ。


私が持つ犬(飼い犬)のイメージは、

「大きくなる可能性がある」

「最後まで面倒を見る必要がある」。


私はその犬の世話をする気はないらしい。

同乗者におまかせしている。同乗者は誰だろう。


ふと思いついたのだが、これは全部

自分を象徴している気がした。


ボートを漕ぐ役も、犬の世話をする人も、

さらにその犬も、ボートも、みんな私。


「大乗と小乗」の記事を書いたとき、

他者(人およびその価値観)を乗せるために

今後どうしたら良いのかを考えていた。


が、この夢で気づかされたが、

結局、自分の舟に乗せるのは、

自分世界だけでいいのではなかろうか。

(それは他の人を見捨てるということではない。)


ボートは感情のコントロール。

水面は穏やかでボートは揺れていなかったので、

かなり安定した状態にいる。


私は、自分以外のボートの影を見ることや

他者のこちらへの乗船をまったく望んでいないのだ。

自分の中のもうひとりの自分(存在するだけで無言)が

そこにいるという安心感だけで、

私はずっとボートを漕いでいられる。

なぐさめは、子犬。

子犬のすることはみんな可愛い。見ていてなごむ。


器を大きくするというのは、

他者の価値観を受け入れるというより

自分を安定させる、ということのような気がした。


「他者を助けなければ」「自分の舟に乗せなければ」

という執着を、私は今日、手放そうと思う。