最近、朝起きたときにカーテンを開けて
太陽の方に向かって拝んでいる。
いつも何事も三日坊主なので、
これは頑張って30日は続けるつもり。
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朝、ひらめいた映像だが、
見知らぬ誰かと私が立っていて、
第三者の立場からそれを眺めているカメラ目線。
誰かは、私の手から何かを奪った。
今までは、人生で誰かに何かを奪われたとき、
いつも「自分が大事にされていない気分」になったが
今回の映像では、その思いにはならなかった。
たとえ見た目には奪われたように見えても、
私の真の財産(金銭的な物ではない)は
増えもしなければ減りもしない。
いつでも自分は満たされた状態なのだ、
ということが理解できた。
もし万一、誰かにこの両目をつぶされて
肉眼では光が見えなくなったとしても、
私の心の中の光を消すことは
誰も出来ないと思う。
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このような映像が頭に浮かんだのも、
毎朝、太陽から恵みをいただいているからだろう。
太陽の熱と光は、
どの人にも平等にふりそそぐ。
日頃、受け取り下手な私にさえも、それは届く。
太陽の愛を受け取れる資格はないのだ、と
卑下していた心の氷がだんだん溶けてくる。
天は、「みにもるにだけは、あげない」などと、
いじわるなことは言わない。
「受け取りなさい。どんどん。」と言ってくださる。
出し惜しみもせず、ただただ与えてくださる。
それを深く感謝して受け取っていく内に、
体の中に、光が満ちていく。
この朝の儀式が、私の心を強くしてくれる。
他人に何も与えることの出来ない弱い私を
そのまままるごと愛してくださるので、
ありがたさもひとしお。
いつか、分け与えられる人になりたい。
が、その前に、
きちんと受け取れる人になりたい。
毎朝、光を充分に受け取る練習中の私だ。