今度は西洋人のことを書いてみる。


とはいえ、私は日本人なので、

ちょっと間違っているかもしれないが。

個人的な感想、ということで。


西洋の人は、自我がしっかりしている。

自分は何をしたいのか、何を選択したいか、

わりと小さい頃から鍛えられている。(らしい。)


 私は、お腹が空いたらピザを食べたい。

 私は、妻も愛人も、全力で愛している。

 私は、Aという宗教を持っている。

 私は、誰がなんといおうと、Bの服が好きだ。


・・・というように、自分がしっかりある。(と思う。)


ただ、個がしっかりしていて、そこを強調するために、

個と個でぶつかりあうのではなかろうか。


「私は、今、寿司が食べたいの!」

「俺は、今、サッカーが見たいんだ!」

と、永遠にかみ合わず、離婚するカップルが多そう。


宗教に関してもそう。

「私は、イスラム教だ。この神様が唯一。」

「私は、キリスト教だ。この神様以外はニセモノだ」


日本人は、自分の意見よりも、

周りの雰囲気に同調しやすい。

西洋人は、自分が良ければそれで良いので、

相手がどう思おうと気にしない面がある。


日本人は、全体的な型を好み、

西洋人は、自分だけの型を好む感じがする。


でも、両方とも実は問題点は同じ。

”「自分がよかれと思う型を

 相手がやってくれない(理解してくれない)」と

ストレスがたまる”ということだ。


自分が守りたい型とは、要するに価値観のことで、

みんながみんな、けっきょくは

「自分の価値観」で生きていることが

これで何となくわかってくる。


自分の価値観を持つこと。

それはそれで、大切なことだ。

けれども、それを相手にも押しつけるから、

いらない衝突が起こる。


だいたい、型や価値観というものに、

唯一絶対正しいものは、なさそうだ。

人種、地域、年齢、時代などで、

それはコロコロと変化するのだから。


だからこそ、これからは、

「I’m OK. You are OK.」

(私は私のやり方考え方でいい。

 あなたはあなたの方法でいい。)

と、お互いの価値観を尊重し合うやり方が

必要になってくると思う。


さらにまた、

「私はこうしたいが、あなたにはご迷惑?」と

尋ねる(or様子をうかがう)気持ちも欲しいところだ。

  ↑

(私はこの「アンド ユー?」と尋ねる部分が

 今まで足りなかった。

 自分が満足しており、表面的には問題がなければ、

 他者に承認してもらわなくても結構だと思っていた。

 説明不足だった。その点を反省している。)


「本当にやりたいことをする意欲+

 TPOをわきまえる(他者に思いやりを持つ)+

 周りにやりたいことを言って、承認を得る」


うん。これさえ出来れば、もう完璧ではないか?


また、承認する側になった場合、

なるべくなら相手のことを大目に見てやり、

もし否定したいなら、全否定ではなく、

「この部分だけは、どうしても譲歩できないのだが」

というところだけ、伝えたらどうだろう。


そうしたら、価値観の相違による衝突は

かなり少なくなりそうだけど・・・。



他の人はどう思うか知らないが、

私は今、こんな風な型(価値観)で、

今後、生きていきたいなあと思った。