本日の記事は、私的なメモです。
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自分が発信した「なう」のうち、取っておきたい物だけコピペ。
引用した所は、紫色にする。
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主は、我とともにあり。同行二人。
好感の持てない相手のことを、「それでも大切にしよう」と決めた途端、幸福感あり。
「自分がどれほど神と親しいかを知りたければ、自分のことをよく調べ、私たちが隣人に対してどのような気持ちで接しているか吟味してみることです。・・・もし私たちの中に兄弟に対して争うものがあるなら、許しを求めて神に祈りましょう」という部分を、今、本で読んでいる。
霊(スピリット)と精神(マインド)と身体(ボディ)との三位一体。この関係は相思相愛によって成り立つのだと気づいた。
心が冷える知識や情報より、温かい思いやりと言葉と祈り。
「神様がいるなら、戦争を止められるはず」と神の存在を否定する人がいる。「戦争を止めたい!微力ながら手伝いたい!」という気持ちを、自分の心に探せばいい。そこに神がいるのだから。
「強情のかわりに謙虚。報復ではなく、苦しみに耐えること。性急さのかわりに、辛抱。敵を憎むかわりに、敵を愛すること。許さないことではなく、許すこと。」(by 神の探求)
自分よりも弱い者、小さい者へ、いっそうの愛を送ろう。相手が受け取れるゆるいボールをそっと投げてあげよう。気づかせてくれて、ありがとう。
私の目は神様のビデオカメラ。私のすることはみんな向こう側に筒抜け。だとしたら、出来るだけ美しい映像を見せてあげたい。私の手は美しいことを行っているか?レンズは曇っていないか?いつでもチェック。
己に勝つ=言い訳をしないこと
「今ここで自分の役割を精一杯に果たしているならば、百パーセントの確率で極楽へ行ける」 (by 『なぜこの子らは世の光なりか』より)
他人の考えていることはわからない。けれど、「わかろうとする姿勢」が大切なのだと思う
自分をまるごと好きになること。欠点も直せるところは直す。直せないところは、そのまま愛する。
「人間は意味の世界に生きているし、刻々新しく意味をつくりつづけている。その意味をとらえるには、相手を客体化してもはじまらない。相手の内なる世界に共感し、主体としてのその人を尊重し、共に歩むのでなければならない。」(by 「なぜこの子らは世の光なりか」)
「すべてを任せるとは、他を羨まない、自分を誇らない、他を妬まない、自分を偽らない--つまりは、ありのままをそのままに、とらわれることなく、ひとすじに生きることではないか。」(by 「なぜこの子らは・・・」)
「万物をつくる者の手をはなれるときはすべては善いが、人間の手にうつるとすべてが悪くなる」(byルソー『エミール』) ・・・美しき人間の手がこの世に増えますように。
「・・・いいかえれば寿命に時間を与えるのが大切なのではなく、時間にいのちを与えるのが大切なのである。」(by 「なぜこの子らは・・・」のあとがきより)
『スピリチュアリズムとは、人がたましいの存在であり、死後の世界は存在するという視点に立って、「ではこの現世をいかに生きるべきか」を考える哲学です。』(by 江原啓之)
『断ることで、相手から嫌われるかもしれません。それでもいいのです。その人のためになるなら、あえて嫌われ役も引き受けるのが「大我の愛」です。』 (by 悪意善意)
あ、わかった。行動ありきではなく、まず自分の「動機を」はっきりさせればいいんだ。そうすれば、どんな行動を取ろうが構わないんだ。たとえ表面的には一貫していない行動になってもいいんだ。
シンプルに考えよう。いつもプラスのイメージ。