「友達」とは、いったい何者なのだろう。

過去の「友達」とは、本当に良い思い出が少ない。


そもそも友達になる方法が、私は他の人とは違うらしい。


人間の心の中に、「友達スイッチ」というものがあるとして。


普通の人は、それがすぐにONになるか、

あるいは、全ての人に対して最初から

全部ONになっているところから始まっているようだ。


だからすぐに、何人とでも友達づきあいがスタートできる。


「友達の友達は皆、友達だ」と気安く言える人々。


が、あるきっかけを境に、

「この人とはもうつきあわない」とOFFにする感じがある。


が、私の場合は、これとはまったく反対だ。

最初は全部OFFになっている。

そうしてなかなか、ONにならない。


どういうときにONになるかというと、

「友達になろう」と向こうが言ってきた時だ。


つまり、私の「友達スイッチ」は、

アクションを起こしてくれた人がONにする。


が、学校のクラス替えなどで疎遠になると、

向こうは私に話しかけなくなる。

そこで私は、相手からOFF宣言された気がする。


さびしいといえばさびしいが、OFFの気楽さはある。

私は、それがOFFの時の方が、ほっとするからだ。


けれど、自分の「友達スイッチ」をそのように使っていると、

私としては遠慮したいタイプからであろうと

「友達になって」と言われれば、ONになるから困る。


一度ONになると、向こうがOFFにしてくれるまで

その「友達」に延々と振り回されるはめになる。


いったいどれだけの「友達」にもてあそばれたことか。

楽しいよりも、わずらわしい思いしかなかった。


だから、私は「友達スイッチ」がもう二度とONにならないよう、

どんな人だろうと避けるようになった。

気安く声を掛けられない人間になれば、

自分は守られるのだと信じていた。


****


・・・という「友達スイッチ」の過去の動きを、

今頃になって思い至った。


これまで何が良くなかったのか、

そして、これからどうすればいいのかを考えてみる。


結論として、

「友達スイッチ」は、自分で操作しよう、ということ。


ONOFFを相手に委ねていたから、困っていたに過ぎない。


いくら向こうが「友達になって」と言っても、

私がNOと思うなら、OFFのままでもいいんだ。


また、向こうが「友達になって」と言おうが言うまいが、

私自身がその人と友達になりたかったら

その人に対するスイッチを自分でONにすればいい。


要は、人間関係は自分で決める、ということ。


こんな単純なことに、どうして気づかなかったのだろう。


これからは「友達」という言葉を好きになれそう。


私はそれを、自分自身で作り出せるのだから。