HSPの話は、今回でおしまい。(・・・にしたい。)

なので、良かったら、もう少しお付き合い下さい。


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HSP(=とても敏感な人)は、

スピリチュアルなアプローチに心惹かれやすいらしい。


当たってます。少なくとも私には。


その際の欠点としては、

「他者とつきあうこと」や「自分のカラダや考え方、

気持ちを理解すること」などを避けるようになるとか、

そのスピリチュアル・アプローチの指導者や運動に

強い「理想化転移」をおこしがちになるとか、

あまりにも早く自我を捨ててしまうHSPが多いとか。

あー、もう、耳が痛い。


HSPはもともとスピリチュアルが得意なのだそうだ。

敏感体質だものね。


だから、この本によると、


HSPにとっていちばんつらい仕事は、

現実を棄てることではなくて、

この現実にしっかりと関わる事なのだ。


と書いてあって、本当にその通りだ、と頷くしかない。


蜘蛛の巣状のグラフ(レーダーチャート?)があるが、

あれで、スピ系とか内面的な部分に関しては

特出して数値が大きい(得意な)んだけど、

日常生活におけるスキルはほとんどない(出来ない)、

というのが、私の形なんだと思う。


人生の俯瞰は出来ても、電車の路線図が読めない。

それが私なんだよね、ふふ。(涙目)


多くのHSPにとって本当の「挑戦」とは、

「中道」を見極めること。


内面世界と、地に足のついた日常生活と、

どう折り合いを付けるかがカギなんだろう。

両方のバランスを取れて、「全体性」。


ユングの考え方から言うと、HSPの多くは

「全体性」を追究するために

もっと外向的になる必要がある。


あ、ここ!すごく大事だと思う。

「追求」じゃなくて、「追究」というところ。


興味もないのに「追求」しなくちゃだめなのか、

と考えるとしんどい。

けれど、後学のための「追究」は、好きだ。

根っからの観察者だなあ、私は。


「外向的」も、今まで間違えて捉えていた気がする。


「外向的」とは、「たくさんの人と仲良くする」という

意味しかないと思っていて、しんどかった。


けれど、それだけの意味ではなくて、

「内向的(内面的)」の反対なのだから、

自分の人間(肉体)としての生き方にも

もっと興味を持つ、というのも「外向的」なのだろう。


今の皮膚感覚は、暑いのか寒いのか。

内蔵機能として、お腹が減っているか、満腹か。

運動は充分か、睡眠は取れているか、云々。

そういう自分のカラダの声を聞くことも、

一種の「外向的」なのだろうと、思うようになった。


思索が忙しくて、食事やトイレは後回しだった。

どれだけ我が身をないがしろにしていたことか。


内側(精神や魂)の声も聞くし、外側(体)の声も聞いて、

最終的に、今どうあろうとするか決める。


そんな全体性の追究を、これからしたい。



え、電車の路線図の見方を勉強しろ?

うん・・・、それは、わかる人にお聞きしますわ。

私は、「自分を追究」することで、手いっぱいだもの。