長女の話も書こうと思う。
(これを書いているのは、1月10日・日曜)
年末、実家に戻ったとき、大掃除を手伝った。
父は、孫である長女にも、役割を言いつける。
「坂の上の家に、回覧板を置いてきて」
「えー?ゲームやってるのに。もー」
などと文句を言うが、結局やらされていた。
同じ頃、仏間で次女と窓ふきしていたら、
長女が言われた仕事を終えてやってきた。
「ねえねえ、外ですごい音しなかった?」
「え?聞こえなかったよ。何で?」
「帰り道、坂で転んだんだよ、私」
長女は両足、ズボンをたくしあげた。
膝から弁慶の泣き所まで、真っ赤。
大根のおろし金をこすりつけたようだ。
「あーあ。嫌がりながら、仕事したでしょ。」
「・・・うん。転んだとき、私もそう思ったよ。
これは、神様が気づかせてくれたんだろうなって。」
さすが、私の娘だ。スピリチュアル一子相伝。
ヒザの治療を父にやってもらう長女を見ていて、
私は色々と考えてみた。
長女にはスピリチュアルなことをほとんど伝えてるが、
それでも長女の生傷は絶えることがない。
本人自身が「注意不足を直そう」という気がなければ、
私の言葉など、全部馬耳東風なのだろうな、と。
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新年あけて新学期が始まった。
長女は初日(8日・金)、学校の階段で足をくじいて帰宅した。
「あーあ。よそ見していたね?」
「うん。友達の顔しか見てなかった。
ふー、歩くたびに痛いんですけどーぉ。
連休明けの火曜日、歩けなかったら休んでもいい?」
「休むことではなく、治ることを考えな。お大事に。」
片足の土踏まず部分に湿布を貼るが
どうにも歩きづらい状態のよう。
長女本人と私がほとんど同時に、
赤ちゃん用の室内車に乗って移動したらどうか、と気づき、
その通りにした。
小6の長女は昔お世話になったミッキーマウスの車に
現在またがって、家の中を移動している。
体の大きな子が玩具の車に乗る光景は、
なんだかお間抜けで、悪いが失笑してしまう。
室内の車 → こういうやつ (少し下にスクロールしてね)
昨日の夕方、次女に
「お姉ちゃんは足が動かないから、お願いね」と
リビングの電気をつけるよう頼んだら、
動けないはずの長女がスッと立ち上がって
わざわざ足を引きずりながら電気をつけてくれた。
「あ、あなたがやってくれたの?ありがとう」
と、長女に礼を言う。
こういうとき、以前の私なら
「ホ~ラ、動きづらいでしょ。だから、日々の動きは、
自分で気を付けようねー」とか
また一言いらぬことをポロリ発言しただろうけど、
もう口にしないことにした。
「言わずに見守ること」って、すごく大変だけど、
今の私は、それをやる時期に来ている気がする。
だから、家族のそれぞれの様子を
こうやって見せられているのかもしれない。
さらに、「外界を観察する自分」をも観察する私。
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(追記) 1月15日現在、長女の足は無事治りました。