長女の話も書こうと思う。

(これを書いているのは、1月10日・日曜)


年末、実家に戻ったとき、大掃除を手伝った。

父は、孫である長女にも、役割を言いつける。


「坂の上の家に、回覧板を置いてきて」

「えー?ゲームやってるのに。もー」

などと文句を言うが、結局やらされていた。


同じ頃、仏間で次女と窓ふきしていたら、

長女が言われた仕事を終えてやってきた。

「ねえねえ、外ですごい音しなかった?」

「え?聞こえなかったよ。何で?」

「帰り道、坂で転んだんだよ、私」

長女は両足、ズボンをたくしあげた。

膝から弁慶の泣き所まで、真っ赤。

大根のおろし金をこすりつけたようだ。


「あーあ。嫌がりながら、仕事したでしょ。」

「・・・うん。転んだとき、私もそう思ったよ。

 これは、神様が気づかせてくれたんだろうなって。」

さすが、私の娘だ。スピリチュアル一子相伝。


ヒザの治療を父にやってもらう長女を見ていて、

私は色々と考えてみた。


長女にはスピリチュアルなことをほとんど伝えてるが、

それでも長女の生傷は絶えることがない。

本人自身が「注意不足を直そう」という気がなければ、

私の言葉など、全部馬耳東風なのだろうな、と。


*****


新年あけて新学期が始まった。

長女は初日(8日・金)、学校の階段で足をくじいて帰宅した。


「あーあ。よそ見していたね?」

「うん。友達の顔しか見てなかった。

 ふー、歩くたびに痛いんですけどーぉ。

 連休明けの火曜日、歩けなかったら休んでもいい?」

「休むことではなく、治ることを考えな。お大事に。」


片足の土踏まず部分に湿布を貼るが

どうにも歩きづらい状態のよう。

長女本人と私がほとんど同時に、

赤ちゃん用の室内車に乗って移動したらどうか、と気づき、

その通りにした。


小6の長女は昔お世話になったミッキーマウスの車に

現在またがって、家の中を移動している。

体の大きな子が玩具の車に乗る光景は、

なんだかお間抜けで、悪いが失笑してしまう。


室内の車 → こういうやつ  (少し下にスクロールしてね)


昨日の夕方、次女に

「お姉ちゃんは足が動かないから、お願いね」と

リビングの電気をつけるよう頼んだら、

動けないはずの長女がスッと立ち上がって

わざわざ足を引きずりながら電気をつけてくれた。


「あ、あなたがやってくれたの?ありがとう」

と、長女に礼を言う。


こういうとき、以前の私なら

「ホ~ラ、動きづらいでしょ。だから、日々の動きは、

 自分で気を付けようねー」とか

また一言いらぬことをポロリ発言しただろうけど、

もう口にしないことにした。


「言わずに見守ること」って、すごく大変だけど、

今の私は、それをやる時期に来ている気がする。


だから、家族のそれぞれの様子を

こうやって見せられているのかもしれない。

さらに、「外界を観察する自分」をも観察する私。


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(追記) 1月15日現在、長女の足は無事治りました。