たった今、ブログの場が炎上する理由に

少しだけ気が付いた。


普通の討論だったら、

口から出る言葉は水物だから

言った先から消えてしまうけれど、

書き文字にしてしまうと

それは何度でも読み直せるわけだから

「あの人は、5時間前にはこういったよ」と

過去のことをいつでも鮮度良く

持ち出すことも可能になってしまう。


人間の意識というのは、

5時間前と3時間前と今とでは

少しずつ変わっていってしまうし、

変わっていくのが当たり前だと思う。


なのに、ブログ過去発言は、

さも今言ったかのように料理され、

なんども俎上に乗ることになる。


過去発言はどうあれ、今はどうなのか、

その辺りを重視してみてはどうなのだろうか?


もちろん、書き文字ではなく、

口先でお互いワーワー言う場面においても、

相手から出たある言葉が衝撃的だったとき、

10年経っても思い出してしまうこともある。


でも、それは、頭の中でリピートする

その人自身の問題だ。

その言葉を自分で反芻したいから、やっている。

相手はもうそれを言っていないのに。


そうなると、口頭でもブログでも関係なく、

相手の過去の言葉にことさらこだわることなく、

「今のお互いの考えや思い」に焦点を合わせたら

よりよい展開が望めるのではないか?


*****


私はつい先日、他者のブログにおいて

つまらない一文を書いてしまったせいで

周りの場が乱れてしまったことを

申し訳なく、悲しく思う。


書き文字は、あとで「しまった!」と思っても、

自分のブログではないとき、簡単に削除できない。


あの一文は、どうあっても、消すことが出来ない。


「あの文、あなたが書いたんだよね。

 ひどいね。どうしてくれるの。」

と言われても、もう消しようがない。


さりとて「過去のことです。許してください。

 もうそんなつもりはないんです。」と言って、

どれだけの人が許容してくれるだろう。


けれど、こんなことをずっと悩んでもしょうがない。

許すか許さないかは、相手の自由だし。


*****


もう書いてしまったことは、書いてしまったこととして、

私は自分の過去を引き受けようと思う。


「まあ、しょうがないよ。人間だもの」と自分を許している。


そして、その体験をふまえて、

これからはもっと発言に気を付けようと思うし、

他者の書き文字に対しても、寛大でいようと思う。


だってそれしかできないから。


これからネットをするすべての人が、

自分や相手の過去の言葉を重く捉えすぎず

なるべく笑って許せるようになったら、

ブログの炎上も、もっと減るだろうと思う。


*****


(追記)


この記事をUP後、またさらに思ったこと。

(ほらね、時間が経つと考えがまた変化する。)


こんな記事を書いて、

「みにもるって、やっぱりまだこだわってるんじゃないの」

って思われても仕方ないかも。


でも、そういう意味でこの記事を書いたわけじゃなくて。


基本的に私は、転んでもタダでは起きないタイプなので、

転んだことにもきっと意味があると思うし、

そこで必ず一つは学んでやるぞ、って思っているから。


なので、今後のありかた、というか、

改善策を書いておきたかっただけですよ~ん。