また、トラウマを克服した。
次女の友達3人が来た。みんな小1だ。
リビングや子ども部屋で遊んでくれるのは
いっこうに構わないのだが、
皿洗い中の私がいる台所にドヤドヤやってきて、
集団で勝手に冷蔵庫をあさる姿を見たら
私は半狂乱な気持ちになった。
ヒステリックに怒鳴りたい気持ちをこらえて
「えっと、・・・ごめん。台所に入らないでくれる?
冷蔵庫を開けないでくれる?
欲しい物があるなら、言ってちょうだいね」
と、棚からお菓子を手渡して、
彼らをそっと台所から押しやった。
一人きりになった台所で私はしゃがみ込み、
何故、彼女たちに猛烈な怒りを感じたのか、
一人カウンセリングを始める。自分と対話する。
「集団が怖い?」
違う。相手がひとりでも、冷蔵庫を開けて欲しくない。
「もし、台所じゃなかったら?例えば、子ども施設。」
あ、それは、平気。
「My冷蔵庫がネックらしいね。掃除していないから?」
・・・あはは。それもある。
「掃除してあれば、誰かが開けても良い?」
いや、それでもいや。
「食材をかき回されるとか、取られるのが嫌?」
それもあるけど・・・、開けられること自体が困る。
中味が空であっても、やっぱり嫌だ。
対話していく内に、ひとつの思い出話が頭に浮かんだ。
小学校低学年の頃だったか、友達の家に遊びに行った。
すると、彼女の家の台所で、
白くて自分の背丈より2倍もある大きな物体を初めて見た。
当時、我が家には、小型の冷蔵庫しかなかったので、
大型を見るのは初めてだった。
だから、最初、それが冷蔵庫だと認識できなかった。
白くて取っ手がついている。これは、いったい、何だろう?
強い好奇心に勝てず、中をのぞいたら、冷蔵庫だった。
なるほど、冷蔵庫だったのか、と知った。
まさに、その瞬間、私の背後で、友達とそのお母さんが、
二人で同時に「あ」と声を上げた。
私はあわてて、冷蔵庫のドアを閉めた。
別に食べ物を取ろうとした訳じゃなくて、
この物体が何なのか知りたかっただけなのだ、と
言いたいのに、上手に説明できず、沈黙していた私。
・・・・という、エピソードが、鮮明に頭に浮かんだ。
友達とお母さんは、その後、私を責めなかった。
私は、「あ」と声を上げたその二人を嫌いにはならなかった。
何がトラウマか、というと、
そういう軽率な行動をした私自身を、
今の今まで、許していなかった。
お前(私)が、そういうことをしたから、
私は泥棒と間違えられてしまった(に違いない)!、と。
だから、「冷蔵庫を開ける子ども」を見るたびに、
泥棒と勘違いされてしまったであろう過去の自分を
無意識から呼び出してしまい、
「冷蔵庫を開けるんじゃない!」と叫ぶのだ。
ああ、そうだったのか。
過去の自分(インナーチャイルド)を許していなかったのか。
ごめんごめん。あなた(私)は当時まだ小さかった。
だから、冷蔵庫とは知らないで開けてしまったんだよね。
もういいよ。許すよ。楽になろう。
そう考えたら、涙がボロンボロン落ちた。
泣きだしたら、「ないてたらね」の歌が、
突然耳に入ってきてビックリした。
台所の隣のリビングではテレビがつけっぱなしで、
NHK教育の「おかあさんといっしょ」をやっていた。
この歌は、泣き出して止まらない子が、
ずっと泣いたら泣き止んだ、というたわいない歌なのだが、
私が泣き出した途端、この歌が流れるなんて、
あまりにもタイミングが良すぎるではないか。
感情にフタをするのはやめよう。
泣きたいときは、泣いてしまおう。
怒りたいときは、怒ってしまおう。
その感情にしっかり向き合えば、
あとくされなく晴れ間がやってくるのだから。
次女の友達3人が来た。みんな小1だ。
リビングや子ども部屋で遊んでくれるのは
いっこうに構わないのだが、
皿洗い中の私がいる台所にドヤドヤやってきて、
集団で勝手に冷蔵庫をあさる姿を見たら
私は半狂乱な気持ちになった。
ヒステリックに怒鳴りたい気持ちをこらえて
「えっと、・・・ごめん。台所に入らないでくれる?
冷蔵庫を開けないでくれる?
欲しい物があるなら、言ってちょうだいね」
と、棚からお菓子を手渡して、
彼らをそっと台所から押しやった。
一人きりになった台所で私はしゃがみ込み、
何故、彼女たちに猛烈な怒りを感じたのか、
一人カウンセリングを始める。自分と対話する。
「集団が怖い?」
違う。相手がひとりでも、冷蔵庫を開けて欲しくない。
「もし、台所じゃなかったら?例えば、子ども施設。」
あ、それは、平気。
「My冷蔵庫がネックらしいね。掃除していないから?」
・・・あはは。それもある。
「掃除してあれば、誰かが開けても良い?」
いや、それでもいや。
「食材をかき回されるとか、取られるのが嫌?」
それもあるけど・・・、開けられること自体が困る。
中味が空であっても、やっぱり嫌だ。
対話していく内に、ひとつの思い出話が頭に浮かんだ。
小学校低学年の頃だったか、友達の家に遊びに行った。
すると、彼女の家の台所で、
白くて自分の背丈より2倍もある大きな物体を初めて見た。
当時、我が家には、小型の冷蔵庫しかなかったので、
大型を見るのは初めてだった。
だから、最初、それが冷蔵庫だと認識できなかった。
白くて取っ手がついている。これは、いったい、何だろう?
強い好奇心に勝てず、中をのぞいたら、冷蔵庫だった。
なるほど、冷蔵庫だったのか、と知った。
まさに、その瞬間、私の背後で、友達とそのお母さんが、
二人で同時に「あ」と声を上げた。
私はあわてて、冷蔵庫のドアを閉めた。
別に食べ物を取ろうとした訳じゃなくて、
この物体が何なのか知りたかっただけなのだ、と
言いたいのに、上手に説明できず、沈黙していた私。
・・・・という、エピソードが、鮮明に頭に浮かんだ。
友達とお母さんは、その後、私を責めなかった。
私は、「あ」と声を上げたその二人を嫌いにはならなかった。
何がトラウマか、というと、
そういう軽率な行動をした私自身を、
今の今まで、許していなかった。
お前(私)が、そういうことをしたから、
私は泥棒と間違えられてしまった(に違いない)!、と。
だから、「冷蔵庫を開ける子ども」を見るたびに、
泥棒と勘違いされてしまったであろう過去の自分を
無意識から呼び出してしまい、
「冷蔵庫を開けるんじゃない!」と叫ぶのだ。
ああ、そうだったのか。
過去の自分(インナーチャイルド)を許していなかったのか。
ごめんごめん。あなた(私)は当時まだ小さかった。
だから、冷蔵庫とは知らないで開けてしまったんだよね。
もういいよ。許すよ。楽になろう。
そう考えたら、涙がボロンボロン落ちた。
泣きだしたら、「ないてたらね」の歌が、
突然耳に入ってきてビックリした。
台所の隣のリビングではテレビがつけっぱなしで、
NHK教育の「おかあさんといっしょ」をやっていた。
この歌は、泣き出して止まらない子が、
ずっと泣いたら泣き止んだ、というたわいない歌なのだが、
私が泣き出した途端、この歌が流れるなんて、
あまりにもタイミングが良すぎるではないか。
感情にフタをするのはやめよう。
泣きたいときは、泣いてしまおう。
怒りたいときは、怒ってしまおう。
その感情にしっかり向き合えば、
あとくされなく晴れ間がやってくるのだから。