祈りとは何だろうか。

「自分なりに思う、愛と平和を心で唱え続けること」

・・・だと、私は考える。



ちょうど今読んでいる本「人生は廻る輪のように」に

こんな記述があった。

  ↓

「地球に生まれた人間が授かった最高の贈り物は

 自由な選択だ」

とペドロ(著者ロスの守護霊)はいった。

「話すこと、すること、考えること、そのすべてにおける

選択のひとつひとつが、このうえなく重要なのだ。

それぞれの選択が、地球上のすべてのいのちに

作用をおよぼしている」  


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長女は、最近ネットで覚えたひどい言葉を平気で使う。

「○○すればいいのに」などと、笑いながら簡単に言う。

(↑くたばれ、みたいな意味)


それを聞いて、この間、私は逆上した。

「そういうことを言うんじゃない!

 あなたは、ママにもそういうことが言える?!」

「言えるわけないじゃん。こんなのは、ネタだよ(笑)」

「ネタで言って良いことと、悪いことがあるだろうが!」


私は、勢いに任せて、スピリチュアル的なお説教

(言霊を大切にしろ、とか、因果応報とか)を延々と述べ、

長女がしょぼくれるまで語り続けた。


長女が黙り込んでも、私の腹の虫はおさまらなかった。

不完全燃焼の怒りが、心でブスブスくすぶっている。

はっと、我に返った。

・・・果たして、今の行動は正しかったのか?


こんな風にお互いが嫌な気持ちになるのなら、

ぶしつけな説教などしないほうが良かった。


それよりも、長女の軽はずみな言動に目をつぶり、

「あのセリフは取り消しておいてください。お願いします。

 長女は、言葉の使い方がまだわかっていないのです。

 代わりに私が平和を唱えます。」

と心の中で静かに祈るだけで良かったのだ。


だんだん、お祈りの仕方がわかってきた。


相手の言動をどうこうしようとするのではなく、

自分の心の嵐を静めるために、祈ろう。