「死ぬ瞬間」(E・キューブラー・ロス)を

読み始めた。

買った後、ずっと読まずにほったらかしていたが、

急に読みたくなったから。


そこには、病気で死を宣告されたときに、

人はどういう心の経過をたどるのかが記されている。


まず最初は、自分が死ぬなんてありえない、

何かの間違いだ、と否定する。

次は、怒りが湧いてくる。

何故、自分なのか?もっと死に近い人はいるはずなのに、と。

あと、まだこれからも生きられる人に対して嫉妬して怒ったり。


・・・今、この怒りの章を読んでいる途中なのだが、

なんだかすごく気持ちがわかるなあと思った。


そして、ふと、今までの疑問が氷解した。

病気などで余命を告げられた人が、

自分の天命を全うする前に自ら命を絶つ人がいる。

それが何故なのか、ずっとわからなかった。

そんなに急がなくたって、いつかは死ぬ。

なのに、何故、自殺する必要があるのか、と。


けれども、その理由がなんとなくわかった。

自分で命を絶ちたがる人は、現状に耐えられないのだ。

自分はこれから死にゆく苦しみを抱えた状態で、

周りはまだこれからも生きていける人たちばかり。

寿命がまだ長く、死の影もなく、キラキラしている人を、

これ以上間近で見ていたくないのかもしれない。


一番生きていたいはずの人が、

自分で命を終わりにしてしまうのは、

他者の生への嫉妬から、なのかもしれない。

あるいは、肉体的な痛みからの開放か。


肉体的な痛みなら、麻酔なり、痛み緩和剤なり、

使うことが可能かもしれないが、

嫉妬という心の痛みを取り除く薬は、

どんなに文明が進化しようと科学が発展しようと

薬物では取り除けないのかもしれない。


死を宣告された人が、

自分の死を見つめたくなくて現状を否定したり、

孤独の中に自分を追い込んだり、

理不尽な怒りのあまり暴れる、という姿を

本の中から読み取っていく内に、

私は重大なことに気づいた。


・・・これって、以前の私の姿、そのものじゃないか、と。


本の中の彼ら(今読み進めている段階時点で)は、

「死」を受容していない。


そして私は、「生」を受容していなかった。

            ↑

とはいえ、これは過去の話だけど。