10月7日、主婦ひとりの昼ご飯を用意して、
暇つぶしにテレビを付けたら
「ごきげんよう」の番組をやっていた。
(司会者1人ゲスト3組のトーク番組)
ゲストの松居直美さんがちょうど話をしていた。
松居さんは、とある植物を育てていたが、
葉っぱにたくさんのナメクジがついてしまったらしい。
が、それを気持ち悪くて触れず、取り除けない。
植物に「取り除いてあげられなくて、ごめんね、ごめんね」
と声をかけながらも、毎日水をかけたそうだ。
すると、葉っぱにたくさん穴が空いたにもかかわらず、
しっかりとした綺麗な花を咲かせたという。
また、もうひとつのエピソードでは、
近所の学校の校庭フェンスに
三センチ四方の穴が空いており、
そこから柿の木の枝が自然と外へ出て、
しかもその先端に8つも実がなったそうだ。
その二つの出来事を見て、松居さんは
「自然に身をまかせる」ありかたを
学ばせてもらい、ありがたかったと話した。
「もし、自分が柿(で、腕が枝)だったら、
フェンスが嫌で、そこから腕を抜いてしまうかも。
でも、その柿は、そのままで、実を付けたんです。
8つもですよ。」と、松居さんは身を乗り出して語った。
私はこの二つの話を聞いて、思わず箸が止まるほど
「なんといい話だ!」と猛烈に感動したのだが、
司会者や他のゲスト達、スタジオの一般客たちが
ほぼ全員、失笑しているのがやるせなかった。
「柿が、枝を自分で抜くわけないじゃん」と彼らは笑う。
さらに、ゲストのひとりが、
「自然のままが良いって言うけど、
じゃあその8つの実が重くて折れちゃったら
どうなの?ちゃんと回答してくださいよ~」
といじわるく迫り、松居さんが困った顔をしたところで
CMになってしまった。
代わりに私が答えてあげたいくらいだ。
「たとえ折れても、柿は悔いがないだろう!
結果ではない。プロセスが大事なのだ。」と。
CMが終わって、番組に切り替わると、
松居さんは涙目になっていて、
「・・・なんだか、泣けてきた・・・」とポソリ。
それは、感動した話を話し終えて
再び思い出して感動してしまったためなのか、
それとも自分の話をまったく
スタジオで理解してもらえなかったせいなのか。
うう、見ていて、せつない。頑張れ、松居さん。
楽しいトーク番組がしんみりした雰囲気なので、
司会者はその場をなごませるかのように、
「松居さんは、まだ乙女の気持ちなんですよね♪」
と明るく声をかけた。
「いえ、乙女というより、母親の心境なんですけど。」
と、松居さんは答えた。
そして、番組はそこで終わってしまった。
うんうん、そうだよね。まさに、母だね。
良い学びをしたね。
蛇足ながら、私が彼女の話から受け取ったのは、
花は子ども。ナメクジは子どもが経験する苦しみのイメージ。
(いじめとか、病気とか、受験とか。)
子どもが苦しがっていても、親が取り除けないこともある。
取り除けないんだけど、親は子どもに、
出来る限りの精一杯の水(愛情)をかけつづける。
そうしたら、子どもは子どもなりにきちんと花をつけ、
立派に生きていくのだ、っていうこと。
柿の話も、柿が人間で、
フェンスは、生きているとぶつかる障害を暗示させる。
普通だったら、つらい障害から逃げたいと思う。
でも、それを受け入れて、実を結ぶ美しさよ。
たとえ途中で枝が折れても、実を結ばなくても、
精一杯やったことは、それだけで素晴らしいじゃないか。
そんな風に私は思えた。
こんなにたくさんスタジオに人がいるのに、
「植物は、枝を自力で抜くことなど出来ない、しない。」
「松居さんの話は幼稚だ」などと
受けとめられるのは、非常に残念な気がした。
言っておくけど、自然から学び取れない人は、
自分の人生でそれを学ぶことになるよ。