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(ピアノの話はまだつづく)
さて、マイピアノの演奏者の話に戻るが、
天の神様におまかせするのはもちろんだが、
まだ、他に演奏者はいるような気がする。
それは、他者。人間。
コミュニケーションの相手。
乱暴に扱われるのが怖くて逃げ回っていたが、
それじゃあピアノに生まれた価値がない。
本当は体中を触られるのは嫌いだし、
華奢な造りなので、丈夫ではない。
けれど・・・、鍵盤を触るくらいなら、許そう。
ソフトに弾いてくれたら、ソフトに音を出そう。
強く弾いてきたら、強く音を出そう。
相手に合わせて、音色を変えよう。
音色が変わったのは、私のせいじゃない。
演奏者の個性が、音で戻っていくだけだ。
ただ、その演奏者を好ましくないときでも、
相手がドを押しているのにラを出したりしない。
わざと汚いドを出す必要もない。
私は私なりのきれいなドの音を出そう。
それが、ピアノの役目だから。
あ、でも、やっぱり自分の身は守りたい。
弾いて欲しくない人が来たら、やっぱり逃げよう。
弾いてもらいたい人にだけ、鍵盤を差しだそう。
万人向けのピアノじゃないのだ、私は。
音だって、厳密に絶対音感でなくてもいい。
だっておもちゃピアノだもん。
弾いてくれた人が楽しんでくれればいい。
完璧な音にこだわるのもやめよう。
私自身も、気軽な気持ちで私らしい音を出そう。
もう、それでいいじゃないか。うん。
自分がおもちゃピアノだとわかったとたん、
苦手なコミュニケーションさえ、
なんとなくわかってきたから不思議だ。
以前、無理強いをする音楽一家の話を書いたが、
家族の一員である少年に
楽器を無理矢理選ばそうとしたのは
家族がいじわるだからではなくて、
「演奏するために生まれてきたんだから、
演奏しないのはもったいないよ」と、
善意で教えてくれていたのかもしれない。
少年自身が演奏を嫌がっていたから、
無理強いされる=意地悪されている、という
被害妄想に陥っていたのかもしれない。