先日(9月26日)は、恥ずかしい記事を書いてしまった。
(いつも恥さらしなのだが、今回は特に。)
自分は、他の人と比べて
とてつもなく要求の少ない人間だと思っていたのに、
本当は、
「あれもちょうだい、これもちょうだい」
「あれやって、これやって」と
びっくりするくらい要求ばかりの人間だった。
そのことに思い至り、本当に驚いてしまった。唖然呆然。
他の人が欲しがるものは大抵物質的なことで、
「おもちゃが欲しい」とか
「遊園地に連れて行って」とかなので、
叶えようとすれば出来ないこともないが、
私の要求はもっととんでもない部分であり、
「もっと私の心を穏やかにして欲しい」とか
「こちらの期待通り愛して欲しい」とか
「どうやって生きていったらいいか教えて」とか
自分でもそれをどうやったらいいのかわからないのに
相手に無理難題を(心の中で)押しつけていたのだった。
神様への質問や要求を、人間に投げかけていた。
そして、そういう課題は、
自分で答えを見つけなくてはいけないのに、
誰かが答えを持ってきてくれるだろうと期待していた。
そういう依存的な自分に気づいてしまって、
もうもう赤面するしかない。
これからは、きちんと相手を見て話そうと思う。
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自分の子どもに
「テーブルの上のコップ、持ってきて」は言えても、
「私はどうやって生きていけばいいの?」とは
質問しない。
自分の神様に、
「私はどうやって生きていけばいいの?」とは言えても、
「テーブルの上のコップ、持ってきてください」とは言えない。
要求レベルを間違えていて、本当にごめんなさいでした。
さらに、神様に、
「どうやって生きていけばいいの?」という質問も、
実はちょっと変なのだった。
子どもがお母さんに
「私の代わりに、トイレに行って来て」というのと同じで、
自分のことをやってもらおうと思っていた。
ああ、バカだった。
自分のことは、自分でします。
本当にごめんなさいでした。
私が神様や周りの人に言えるのは、
「いつもそばにいてくれて、ありがとう」という
感謝の気持ちだけでした。
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本日、誕生日を迎えます。
生んでくれたお母さん、ありがとう。
育ててくれた周りの皆さん、ありがとう。
いつも助けてくださる周りの皆さん、ありがとう。
いつもそばにいてくださる皆さん、ありがとう。
見守ってくださる神様、ありがとう。
まだまだ未熟なので、さらに成長します。
これからもよろしくお願いいたします。