動物の自然のありかたを見たとき、よく、
弱肉強食の世界、などと言われる。
人間の世界も、そのようだ、と。
けれど、本当にそうだろうか。
強い者が食べ、弱い者は食べられる。
食べられたくない方は、とにかく逃げる。
そして、食べるときは獰猛に食べる。
・・・かのように見える。
けれど、広い視点で見れば、
自然は食物連鎖でグルグル回っている。
イソギンチャクとカクレクマノミは、
共存共栄している。
これも、自然の姿。
でも、ふと考えてみれば、
共存共栄状態でも、それぞれ個々に捕食する。
結局、地球上の自然とは、
一部を食べ、一部を食べられる仕組みになっている。
食べることを好み、食べられることを好まないとき、
この世は弱肉強食の世界に見える。
強くないと生きてはいけないのだと、不安におびえる。
食べることをありがたく感じ、
食べられることを潔しとするとき、
この世は共存共栄の世界に見える。
自分はサイクルの一部であるのだと、肯定できる。
食べる食べられるという同じ世界を、
別の視点から見ているに過ぎないのに、
心持ちが全然変わってくる。
私から見ると、この世は、奪い合う世界ではなく、
分け合う(シェアする)世界に見える。
というか、そういう風に受けとめた方が、
私にとっては、とても幸せに感じる。
シマウマがライオンから逃げているように見えても、
それは単なる「逃げ」ではなく、
大いなる自然バランスを取るための
空間作りなのかもしれない。
本当に自然と調和するには、
むやみに自分だけ満腹しようとは思わず、また、
多少の痛みをも受け入れる強さも必要なのだろう。
共存共栄と聞くと、なんだか幸せそうなイメージだが、
実はシビアなのね・・。
シッポを切って自分の一部を差し出すトカゲ。
ああいう感じで生きるのが、良いのかも。