最近、真の豊かさについて考えている。
自己肯定感の薄かった自分からすると
「豊かさ」は、一番遠い概念だった気がする。
自分のお小遣いでありながら
それをちょっとでも使おうとすると
すごく散財した気分になり、罪悪感さえあった。
100円すら使うこともためらった。
なぜなら自分を100円の価値すらないと否定し、
「こんな自分のためにお金を使うのはもったいない」と
常に思い続けていたからだ。
他の人からの愛を素直に受け取ることも困難で、
「私に優しくしても、あなたに何もすることが出来ません。
私に優しくするより、他の人にしてあげて!」と
すごく負担に思い、つっぱねる。
それでいて、他人を拒否する自分をまた責めるのだった。
反対に、私が他者に何かをしてあげようとすることも
また不相応に思えた。
他者が貴重品で、私が汚れ物であるならば、
私が触ったら、相手を汚すことにもなる、とさえ思った。
そんな気分だったので、
お金も愛も、ちっぽけな存在の自分にとっては不相応で、
受け取ることも与えることも出来なかった。
自分の価値を自分で低く設定していると、
高く評価してくださる人をまったく信じられないし、
また、自分自身を与えることも恥ずかしくて出来ない。
そして、自分が思う低い評価をしてくれる人を
逆にありがたく思ってしまったりするのだ。
「この人は、私を正当に評価してくれるのだ」と。
私の価値を低くする人々に囲まれているうち、
私はどんどん息が苦しくなって、
本当に消えてしまいたいくらいになった。
けれど、「こんな私だって、ちゃんと生きたい!」
そうはっきり思ったとき、何かが変わった気がする。
私は生きていてもいいんだと、
だんだんと肯定出来るようになった。
自分自身を正当に評価していないのは、
まさしく自分であったことがわかってきた。
今までの私のお金の使い方は、
「自分はそれを持つのに値しない」
「贅沢は敵である」
「必要不可欠でなければ、絶対買わない(買えない)」
というスタンスだったのだけれど、
これを、
「自分の存在は、自分が思っているより重要である」
「心を豊かにする物ならば、買っても良い」
「それを持つことを自分に許す」
という考えに変わりつつある。
というか、そうしたい、と思っている。
「自分自身を豊かにする」という方向への考え方は、
ここへきて本当に生まれて初めてなので
実際すごく戸惑っている。
けれど、自分を大切にすることが
さらに出来るようになったのかもしれない。
これからは、自分の本当の価値を、客観的に、
正しく見定めていきたい・・・、そんな風に思う。