(前日の記事の続き。)


問1:「どうしたら、真の自己肯定が出来るのか?」


問2:「卑下して小さくなってしまう私と、

 普段の元気な私と、どちらが本当の私なのか?」


問3:「自分に正直に生きるのが良いと言うが、

 ちっぽけな私をさらすこともOKになるのか?」


これらの疑問を氷解させる直感が、すぐさま届いた。


*****


浮かんだ直感の映像は、5枚の数字カードだった。


「2」「3」「4」「5」「6」と

1枚につき1つの数字が書かれたカード。

トランプのように、扇状に開いているイメージだ。


数字は、自己評価(自己肯定度)を表している。

数字が小さい方が、肯定感が少ない。


若い頃、私は「2」のカードだけで生きてきた。

が、何らかを経験するごとに一枚ずつ増えていき、

現在では、最高の自己評価を

「6」まで出せるようになった。


手足がしびれるほど自己否定するとき、

私は「2」のカードだけを見て、途方に暮れている。

そして、自分の真の姿は、「2」だと思っている。


けれど、本当は、「2」~「6」まで、全部私なのだ。

「2」~「6」まで、ひとつひとつを経験しているから、

どれも私だし、全部ひっくるめて私なのだった。


そうなると、問1の答えは、

”「2」~「6」のカード全部を持っているのが私”であり、

それを認めることが、「自己肯定」なのだ。


問2の答え。「どちらが」ではなく、「両方」(全部)。

どれも内包しているのが自分。切り離せない。


マザーテレサが、自己肯定「10」の人としよう。

私はまだ、「10」の経験がない。

経験がないものは実感出来ないし、

無理に目標にしなくても良いし、

「10」が出来ない自分を卑下しなくても良い。

また、「1」の経験をわざわざやってみる必要もない。

(ちなみに「1」は、「自殺一歩手前ぐらいの絶望感」。)


問3の答え。

今持っている「2」~「6」のカードの内どれでも、

いつでも自分で選んで良いのだけれど、

表に出して一番気持ちがいいのは「6」である。

わざわざ「2」である「ちっぽけな自分」を

他の人に見せても、一体何になる?

そんな自分に対して「OK」とはとても思えない。

だから、いつも「6」であろうと自分軸を持っていくのは、

とても前向きな目標になるし、可能なことなのだ。

だって、「6」の経験は既に持っているのだから。


そこまで理解した後、あっ、と思う。


少し前の記事(気にしないことにする

に載せたマザーテレサの言葉、

『あなたの中の最良のものを』を、思い出す。


現在、自分が持っているカードの中で、

一番良いものをいつも表に出せ、ということか!!


今は、「6」が最高だけど、頑張って「6」を続けたら、

ひょっとすると「7」のカード(経験)を

手に入れるかもしれない。


そうしたら、次からは

ずっと「7」であろうと努力すれば良いんだ。


う~む、すごいことがわかってしまった。


ハイヤーセルフさん、

ありがとう、ありがとう。(-∧-)合掌・・・