ある日、夕食の支度中、
両手両足がしびれるような感覚があり、
「またか」と、思う。
血流が滞る感じがする。
時々、自分を否定する考えが浮かぶと、
こんな風にしびれを感じたりする。
自己を充分肯定しているとか、
自分のことが大好きって、
ブログに何度も書いているが、本当にそうだろうか?
ちゃんと自分を愛せているだろうか?
時々、急に自分に自信がなくなって、
魂が萎縮してしまったりする。
昔の、自分を責め続けた癖が、出てきてしまう。
自分の存在を卑下してしまう。
こういう気持ちになるのは、
やっぱり「自己肯定感」がまだ足りないのではないか?
自分をちっぽけだと感じるとき、
いつも思い出す昔のエピソードは、子どもの頃、
食事中に父と母が誰かについて会話していたので、
「それって、誰のこと?」と尋ねたら、
「大人の会話に、子どもが口を挟むんじゃない!」
と父にたしなめられたこと。
それ以来、私は、会話に口を挟まなくなった
(挟めなくなった)し、
極度に自分の存在を小さく感じてしまったようだ。
なんたること。
まだその呪縛から抜けられないのか?
もう大人なのだから、いくらでも会話に参加出来るはずだし、
自分の娘たちにはそんなことを言ったこともない。
だから、現状では何の問題もないのに、
過去のエピソードが私を苦しめる。
許せているはずの話なのに、
まだ許せていないのかもしれない。
この気持ちを、どう打開したら良いのだろう。
心の中で、ハイヤーセルフに尋ねてみた。
「どうしたら、真の自己肯定が出来るのか?」
「卑下して小さくなってしまう私と、
普段の元気な私と、どちらが本当の私なのか?」
「自分に正直に生きるのが良いと言うが、
ちっぽけな私をさらすこともOKになるのか?」
これらの質問を空に投げ上げ、あとは放っておく。
そして、つい最近、本で読んだばかりのことを、
試してみることにした。
↓
自分の嫌な面を見つけたら、その考えの隣に、
肯定的な考え方を横にそっと置いてあげること。
「私は、存在を無視されることがある」の隣に、
「私は、そのままで、充分な価値がある。」を、置いてみる。
野菜を炒めながら、このワークをやったら、
自己否定が影を潜め、少し無心になれた。
そして、直感がひらめいた。
早くも、ハイヤーセルフから答えをいただけたようだ。
(長くなるので、その直感は、次の記事に続きます。)