先日読んだ本は、

「エドガーケイシー超宇宙意識黄金の法則」。


この中に、魂の持ち物は、

「スピリット」「マインド」「意志」の3つだとあった。


スピリットは、生命を躍動感で満たすエネルギー。


マインドは、エネルギーに顔を与える。

善意に満ちると敏感になり、

悪意に満ちると鈍感になる。

体験を色づけする。ストーリー作りする。

(事実をゆがめるような脚色をしたりもする)


意志は、理想的なエネルギーを選択する。


などと、書いてあった。


それを読んで、なるほどなあと思った。


私は、子どもの頃、

この3つ全部が足りなかったように思う。


魂が萎縮していたんだと思う。


どうしてそうなったかというと、

意志の力が、本当に弱かったからだ。


強く生きようとか、思っていなかった。

痛みや苦労、経験を疎んでいた。

ただただ、時間だけが過ぎてくれたら良かった。

人生に歓びを見いだしていなかった。


積極的にすべき人生の選択を放棄していると、

エネルギーが燃えることもないし、

人生に色づけすることさえもむなしくなる。


何かあれば自分を責めて、

世間からフェードアウトすることばかり願っていた。


こんな後ろ向きな生き方だったのに、

よくもまあ健康でいられたものだ。感謝したい。


最近は色々勉強したので、

まず生きて天寿を全うするのが大切だとか、

せっかく生きているんだから出来ることをしようとか、

失敗することにも意義がある、とか、

ようやっとだが、少しずつ前向きになっている。


マインドで自分の存在を肯定する話を作り出し、

自分を人生の主人公にしてみると、

なんだかエネルギーも自然と湧いてきて、

じゃあ、もっと良い道を歩いてみようと、

意志の力もむくむくと大きくなってきた。


昔に比べたら本当に成長したなあと我ながらびっくりだ。


それでもどこかで、ふとしたはずみに

厭世的な気分になってしまうのは、

昔の癖がどうしても出てしまうからだと思う。

自分に多くを求めすぎて、つらくなってしまう時がある。


そんなとき、ふと思い出すエピソードは、

学生の頃、死にたいと思って大泣きしているとき、

「生きているだけで良いんだよ」と

心のどこかから穏やかな声がして

ハッと我に返ったこと。


あの声が、今でも私を勇気づけている。