聖書の言葉に
「人を裁くな。あなたがたも裁かれないようにするためである。
あなたがたは、自分の裁く裁きで裁かれ、
自分の量る秤で量り与えられる。」
(マタイによる福音書7章)
とある。
これは、
「・・・どのような尺度で相手を判断するにしろ、
人を判断する時に使用する私たちの物差しは、
そのまま私たち自身が計られる際の
物差しになるということを意味する。 」
(↑エドガー・ケイシー からコピペ)
という意味のようだ。
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私は死後の世界を信じているので、
すぐにストーリーをイメージしてしまう。
もし、死んだ後、神様の前に立ったとき、
「あなたの”他人へのものさし”を出しなさい。
それで、あなたを計ります」
と言われたとする。
そのときに、いつも他人に対して厳しい尺度でいたら、
それがそのまま自分への計りになるので、
そうとう肩身の狭い事になると思う。
神様が計るのではなくて、
自分が自分を計るのだということは
きちんと覚えておきたい。
だから、日頃から、他人をむやみに罪人扱いせず、
「あなたも私も間違えることもある。」
と大きな尺度で見ておきたいなと思っている。
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おととい、長女が白状したのだが、
私の財布からカードを無断で使い、ネット通販で
ゲーム機を買っていたことがわかった。
「そういうことは、してはいけないんだよ。」とか、
「お金は無限ではない。大切に使おう。」とか、
「欲しい物があったら、いつ買うか話し合おう。」とか、
切々と教え諭したのだが、
わかってもらえただろうか。ふぅ。
私がカードの管理を
もっときちんとしておけば良かったのだから、
私にも非がある・・・。これから気を付けよう。
長女のやってしまったことは
きちんと悪いと本人に言わねばならないが、
だからといって、今後、長女のことを
冷たい目で見るようなことはしたくない。
罪を憎んで、人を憎まず。
こちらの言いたいことは冷静な気持ちで全て話し、
長女の意見も聞いて、
今回の件は水に流すことにした。
それ以外にどうしようもないし、
今後、蒸し返すことでもない。
大事なのは、これからのこと。
私はなるべく自分のことは小さいものさしで計り、
他人(自分以外。血のつながりは関係ない。)のことは
大きなものさしで計りたい。
自分のことは一ミリ単位で律していくが、
他の人のことは、出来る限り寛大に見ていきたい。
たとえ我が身を傷つける人であっても、
それを許せるような人になりたい。
・・・理想論だけど、心からそう願う。