少し前に集団ビト族と個人ビト族 の記事を書いたが、
これをUPしたあと、
ふいに気が付いたことがある。
今まで、ずっと自分のことを
個人ビト族だと思って生きてきたのだが、
それは思いこみで、
本当の私は集団ビト族なのではないか、
ということを。
この考えは、私を大いに驚かせ、
さらに、それを認めたくないと、強く思った。
認めたら、自分の足下が崩れてしまう気がした。
私の考える集団ビト族というのは、
一人では立てない弱い人、ということ。
自分が弱い存在だなんて、
誰かを必要としていただなんて、
どうして肯定出来ようか。
弱いことを、認めたくない自分がいる・・・。
けれど、思い当たることがあまりにも多い。
弱いものに対して、猛烈に怒りを感じていたこと。
他人を当てにする人に、憤りを感じていたこと。
それらは、結局、彼らに自分を投影して、
その影の自分を嫌っていたにすぎないのだ。
自分の弱さをコンクリートで塗り固め、
自分は強いのだと思いこんでいた。
どうしよう。
認めたくない。認めたくない。
・・・でも、これも私の一部。
弱いことも私の一部。
弱さを認めたくない自分も一部。
弱さを持ち、弱さを認めたくない自分を、認めよう。
なんだろう、不思議だけど・・・。
弱さを認めたら、
何故かその分、強くなった気がした。