まず、最初に謝りたいのだが、

私は今まで自分のブログやコメントなどに

「魂を浄化したい」などと書き、

そのためには、「善き人間を目指します」

というようなことを書いていたように思う。


実際、今まで、そう思っていた。

「魂を浄化=聖人になること」

だと、勘違いしていた。


でも、そうではなかった。

間違いでした。ごめんなさい。


先日読んだ、江原啓之さんの本、

「天国への手紙」に

こんな一文が載っていて、

私は目が覚める思いがした。


「浄化というのは、理解することです。」


この一文によって、私は長年の疑問が解けた。


私が愛読している鈴木秀子さんの本には、いつも

「大切なのは、知ることと愛すること」と

書いてあるのだが、それとも通じていたことがわかった。


自分を理解するとどうして浄化になるかというと、

自分の執着していることが自分でわかれば、

それを手放すことが容易になるし、

手放すことで、身も心も軽くなるから、浄化出来るんだ。


それが心の底で、得心がいったので、

「ああ、やっと理解出来た」と思った。


理解出来たから、これもまた浄化の一つなのだろう。


だから、今、

浄化するために無理矢理、善い人間になろうとか、

善い人間になれないから浄化出来ないんだ、

などと思っている人がいたら、

是非とも安心してもらいたい。


自分が頭の中でこしらえた「聖人像」のような

善い人間にならなくてもいいんだよ。


ただ、日々のことをして、

そこから何かを学ぶだけで良いってこと。


学ぶっていっても、学校や習い事とはちょっと違って

(もちろん、学校や習い事してもいいんだけど)、

自分はこういうとき、どんな風に考える人間かを、

私情を交えず客観的に認識するということ。


たとえば、地球が丸いという知識を得たら、

みんなガリレオと同じ生き方や性格になるだろうか?

それは、ならないよね。


自分で自分のことがよくわかったら、

それを自分の人生にどう生かすか、が大事なんだろうと思う。


だから、私はもう、聖人になろうなどとは目指さない。


むしろ、私という魂は、私の体を通して、

私自身の生活そのものを楽しみたいと思っている。


そのために、ここにいると、わかった。

わかって良かった。スッキリした。


この記事を読んだ方も、スッキリしてもらえると幸いです。


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