今年度、PTAの仕事をやらせていただいている。


自分から「やります」と言ったので、

投げ出すわけにはいかない。


残り3ヶ月、なんとか無事に終わらせたい。


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自分で立候補して、前の役員から引き継ぎされたとき。

私は1枚の紙を渡された。

そこには、前年度の会議の日付とその議題のみ。

私は、会議に出席すればよいのだと合点した。


ところが、他にもたくさんのやるべき仕事があった。

が、それらは引き継ぎされたときには、

まったく一言も聞いていない話だったので、

私はパニックに陥った。

説明の受けていない仕事をやれと言われても、困惑するだけだ。


「その話は初耳です。」と返事をすると、

「じゃあ、今から言うから。」と相手は口でしゃべり出した。

私は自分のパニック気分が落ち着いていないときに

誰かに口頭で説明されても、まったく頭に情報は入らない。

「・・・という訳。じゃあ、頼んだわよ」と相手が去っていったとき、

やっと我に返り、「・・・覚えられなかった・・・」と途方に暮れた。


それでも頭に残った情報をつなぎ合わせて作業したものの、

これで良いのか自分でも納得がいかないし、

その仕事は当然周りのブーイングを買った。


周りは「あんなに説明したのに、何故わからないの?」と言い、

「理解出来ない私は無能だ」と私は心で自分を責めた。


みんなが私をいじめる・・・とまで考えた。

被害妄想に陥った。

が、それはすぐにうち消した。

今回の件は、いじめとは違う。

仕事が頭に入らないことを、相手に転嫁しているだけ。


やるべき仕事や流れがつかめずにいるくせに、

完璧にやり遂げたいという責任感が私自身を責める。

今までなら、「私の仕事じゃないから」と傍観者でいられたが、

自分が立候補した手前、逃げ出すことも出来ない。

精神的に追いつめられていた。


理解出来る方法で仕事を伝えて欲しかった。

私にやって欲しいこと、その手順を紙に書いて欲しい。

耳からだけの情報整理は無理。

紙面でなければ、私には理解出来ない。

そうとも、自分は無能だ。無能さを認めよう。


とうとう会議の時に、私は自分のプライドを捨てた。

この年になって、涙目になりながら周りに伝えた。

「自分の仕事とポジションがどうしてもわからないのです。

 もう一度最初からゆっくり教えてください。

 今からきちんと順序よくノートに書きますから。」


周りの人たちは、私の様子に、あっけにとられた。

そして、

「確かに、今まで引き継ぎノートとか、無かったよね」と

理解を示してくれたのだった。


スタッフ総出で、引継ノートを作ることになった。


「簡単な仕事」と呼ばれていた私の仕事は、

びっしりとノートに書いたら15ページほどになった。


自分でわかるようにノートをまとめたら、

憑き物が落ちたように楽になった。


これらのことで学んだのは、

1)周りは私を無能扱いしているわけではない

2)仕事さえ把握出来れば、私は出来る(無能ではない)

3)わからないことは、聞いても恥ではない

4)出来ない部分はフォローしてもらっても良い

などだ。


特に、3と4は、とても大きな収穫だった。


今までは、全部自分でやらなくてはならないと思っていたし、

質問することは負けを認めるような感覚だった。

どんだけ、プライドが高かったのか、自分。


出来ない自分を隠すために「傍観者」でいることをやめて、

進んで人の中に入り、協力的な態度を示すことを学んだ。


「出来ないのです。いじめないで。」と言う言い方だと、

それは「聖なる予言」で言うところの「被害者」を演じることになる。

(「被害者」を演じると、相手を悪者にしたてあげることになる。)

「傍観者」も嫌だが、「被害者」になるのも嫌だった。


「出来ないのです。教えてください。」という態度ならば、

それは「傍観者」にも「被害者」にもならないと気づいた。


他人との新たな接し方を学べたので、

今回、PTAの仕事をやって良かった。


PTAにとっても、

引継ノートが出来たのは収穫だったのではなかろうか。


来年度の引継ぎをするために、

何人かの候補者に集まってもらったが、

彼らもまったく仕事を知らない状態だ。

以前の私と同じ状況。

わからないのは私だけじゃない。


だからこそ、今回作ったノートが

次の人の役に立ってもらえればいいなと思う。


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独自に知り得た情報を共有することは、大切なことだ。

私の知り得た情報は、誰かの役に立つかもしれない。

それが反面教師としての役割でも良い。


これからもそういう気持ちで

私はブログで自分の情報を開示していきたい。