総理の人気が下落したニュースを見る。


御輿に載せておいて、周りが誰も担がないならば、

誰が首相になっても同じ。


トップが漢字が読めないというなら、側近が

原稿にルビをふって渡してあげればいいじゃないか。

トップが仕事をしないなら、

下から企画書を提出してみるとか、具体的な陳情するとか、

トップをうならすような仕事をしてみるとか、

周りが上手にフォローしたりサポートすればいいじゃないか。


江戸時代の頃は、たとえバカ殿だろうと、

最後まで支え、ついていくのが武士の姿ではなかったか。


トップを決めたら、立案も実行もフォローも全部トップ任せ。

そういう気持ちでいるから、仕事が滞るのに。

(首相のやり方が丸投げというが、

 政治家たちは首相に全てを丸投げしている。)


子どもが生まれたら、社長になれと親は言う。

けれど、その赤子は生まれたばかりで

ハイハイもしていないのに、高望みばかりする。


金利が高そうだから定期に預けても、

ちっとも利子が付かないからと憤慨し、

たった1日で解約するようなもの。


昨日植えた種が翌日大木にならないからと言って、

すぐ種を掘り起こしてしまうのと同じ。


私たちは、目に見える結果や成果を求めるのが

早すぎるのではないか?


長期的な目で見るとか、

周りで育てていこうという愛がなければ、

どんなこともうまくいかないのに。


今の日本で、たとえ釈迦やキリストが総理大臣になっても、

一日やそこらで景気が良くなるわけないだろう。


何事であれ、時間はかかる。

良いことを成し遂げようとするなら、なおさら。


結局、誰が新たに総理になっても、

大臣や官僚、身近にいる人々が助けてあげない限り、

「長い目で見守る国民」にならない限り、

全てが中途半端になってしまうんじゃないか?

基礎を築き上げる時間さえ惜しいと思っているんだから。


新しい総理大臣をサポートする、摂政や関白はいないのか?

縁の下の力持ちはいないのか?

みんな、表向きの肩書きばかり欲しがって、

結局、自分の仕事をしていないように見える。

足の引っ張り合いが、重大な仕事のように見える。

肩書きがあるにせよ無いにせよ、

少しでも「世のためになるような仕事」をする気もないのなら、

やる気のある人に自席を譲ってあげたらいいのに。


とにかく、肩書き云々はおいといて、国民全員で、

「この国をゆっくりでもいいから良くしよう。

 みんなが安心出来る国を作ろう」と思うことにしようよ。


全てはそこから始まると思うんだけどねえ。


・・・と、肩書きのない専業主婦が、

テレビ画面につぶやいてみる。