学校の授業で知った話だが、

マズローという人が

人間欲求を5つの段階に分類したらしい。


1、生理的欲求

2、安全の欲求

3、親和(所属愛)の欲求

4、自我(自尊)の欲求

5、自己実現の欲求


で、先日の記事にも書いたが、

私は長年の夢であった「作家の夢」を手放した。

つまり、自己実現したいという要求をなくした。


そうしたら、とても心が穏やかになった。

たぶん、この1~5が、満たされているから、

今、こんなにも気分良く過ごせるのだろう。


自己実現をしないのに、何故穏やかなのか。


私が今まで実現させようとしたのは、

結局は、物質主義的価値観の実現だった。

それに気が付いたから、手放すことが出来た。


で、手放した分のその隙間を

何が埋めているかというと、

「私は、”神の子”の一人である」という思い。


(別にキリストになった、という訳ではない。

 私たち人類は一人残らず、全て神の子。

 それに思い至っただけのこと。)


既に神の子どもなのなら、

「私はこれだけやり遂げました。

 だから、神様、愛してください」などと言う必要もない。

そのままの私が、

何もしなくても、ただただ、愛されている。

それを知ったら、心が満たされてしまった。


作家になることがいったい何になるのか。

そんなことは、本当に些細なことだ。


「今ここ」がとてもよくわかったので、

もう、焦ることも苦しむこともない。


全ての欲が、全部「そこそこ」でOKの気分。


幸せとは、全てを手に入れることで完成するのではなく、

ネガティブ要素を全部手放したとき、それが訪れる。


人はそれを、まったく刺激のない状態とも呼ぶだろう。


でも、私は現状にとても満足している。


****


自己実現=自己顕示欲っぽい。


自己実現の上は、自己表現。


どこが違うのだろう。


自己実現と違って、自己表現は、気負いがない。


ただ、自分自身がそこにいるだけで、

自分を表現している感覚かも。


こうなると、もう、「欲」ではなくなっている。


(11月3日 記す)