今日、「エドガー・ケイシーの
人生を変える健康法」を読破した。
その本の最後に付録があって、
抜き書きしておきたい部分あり。
『なおこの予言について一言しておくと、
私たちはややもすると宿命論的に
予言を受けとりがちだが、ケイシー・リーディングは
幾度もこう述べている。
「未来の成り行きは常に人間の自由意志にかかっているから、
予言が完全に当たるということはめったにない」。
また第二のケイシーとも呼ばれるポール・ソロモンは、
「予言は正確さを誇示するために行うものではない。
予告された事柄を良い方向に変えさせることこそ
目的なのであって、当たった予言というのは
むしろ失敗したものなのである」と述べている。』
ここを読んで、なるほどなあと思った。
つまり、ある予言者が、誰かに
「アナタはノーベル賞を取るだろう」と予言したとしても、
その人がその後、自分の研究をおろそかにすれば
それは達成されないだろうし、
「取れないだろう」と予言されても
逆に奮起して努力したら取れるということもある。
結局は本人の心がけ次第で未来はどうにでもなる。
人類は滅亡するだろうとか、嫌な予言があったとしても、
それを回避出来るかどうかは、
私たち一人一人の意志と努力で変わる。
最近、良く当たるという予言者がテレビに出るが、
当たるか当たらないか、
当たったか当たらなかったかを検証してもしょうがない。
悪いことがこれから起こる予定というのなら、
それを回避する努力をし続けることが
本来の予言の使い方なのだと思う。
もし悪いことが予言通りに起きなければ、
それは予言者の力量が悪いのではなく、
心根のよろしい人々が陰で
思い切り努力してくださったのであろう。
それを感謝したいものである。
また、自分の過去のカルマでさえ、
これから良くしようという気持ちさえあれば、
戻ってくるはずの悪いカルマが
少量になったり取り除かれることもあるらしい。
変な予言は気にしないで、
未来に希望を持って、前に進もう。
私たちはいくらでも、
自分の未来を明るくすることが出来るのだから。
「暗いと不平を言うよりも、
すすんで明かりをつけましょう」
(10月13日 記す)