以前、スタンディングオベーションという記事を書いたが、
だからといって、私がこれから実生活で、
映画館に行ったときなど、一人で感動したら
周りのことなんか考えないで
一人で立ち上がって拍手をする、という訳ではない。
それくらいのTPOは、今までに学んでこれた。
じゃあ、どういう風に変わったかというと、
うまく説明出来るかわからないがやってみよう。
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たとえば、生まれてすぐ、
一生、皿洗いをまかされたとする。
自分の回りでも皿洗いをいっぱいする人がいて、
その中の一人として自分の分の皿を洗い出す。
皿洗いをしながら、どういうことを考えるかは、
ひとりひとり自由なのだ。
「いつも皿洗いばかりで、本当に嫌だ」と
思っても良いし、
「BGMを◎◎にしたら、はかどるぞ~」と思いつつ、
頭の中で好きな曲をリフレインさせても良いのだ。
が、生まれたての私は、その好きな歌を
鼻歌でフンフンしたり、口でそのまま歌っていたので、
周りの人に「うるさいぞ!」と怒鳴られたり、
「みんな一生懸命なのに。ふざけるな」などと殴られた。
そこで私は、「歌は全面禁止なのだ」と思いこんで、
心の歌そのものを忘れるよう努力してしまった。
みんなと同じように、「皿洗いは嫌な物である」と
考えることにしたり、それを態度で示すようにした。
そうなると皿洗いがちっとも楽しくない。
苦しく感じるようになって、日々を見つめ直す。
どうせ一生皿洗いなのだ。それからは逃げられない。
が、ある日。
そうだ、歌は良いのだ。
心の中は自由なのだ、と気が付いた。
だから、私はこれからもずっと皿を洗い続けるが、
心の中で自分が好きな歌をハミングし続ける。
ただ、周りの人はそれを嫌がるから、
表には出さないだけだ。
それだけで、丸く収まるのだ。
外側の制約を、内側にもしていたから苦しかっただけ。
私はもう、心には規制をかけない。
心の中では、いくらでも歌っても良いし、笑っても良いし、
怒っても泣いてもしょげても悔やんでも、全部OK。
自分の心の中では、傍若無人に過ごすことにした。
心を縛る鎖は、全部取っ払うことにした。
心の鎖を全部切った自分に、
スタンディングオベーションしただけであって、
皿洗い中に実際にはしゃぎまわることを宣言したのではない。
自分の周りで起こることや
心の中の諸々の嵐を歌に変えて、私は皿洗いに向ける。
綺麗になった皿を、天の光にかざすために。