最近、食に関するニュースが立て続けに起こった。


ギョーザ事件とか、

牛乳にメラミン(メラニンだっけ?)が混入とか

汚染米が流出とか・・・。


ほんの一カ所でよこしまな思いを持った人が、

「ちょっと困らせてやろう」

「ちょっと儲けてやろう」

「ちょっと楽しよう」と放った思いと行動が、

広がり広がり、なんと地球全土を覆ってしまった。


うっかりやっちゃったことが、

こんなに広がって大騒ぎになるとは、

きっと張本人もビックリだっただろう。


で、そのニュースを聞いた人が、

「何を食べて良いかわからない」とか

「裏切られた思いだ」とか

騒然としている世の中であるのだが、

そんな中で、少なくとも私は、

「お~~、すごい福音だ!」と思ってしまった訳。


(うん、不謹慎だ。被害者の方、ごめんなさい。)


でも、なんでそんな風に思ったかというと、

ほんの小さな思いであろうと、

自分からいったん解き放たれたならば、

世界にあまねく広がるということを、

このニュースは教えてくれた訳。


つまりね、裏を返せば、

自分がすごく良いことをしたとするじゃない?

すごくちっぽけな、取るに足らない善意。

やっても意味無いんじゃないか?くらいの。

そう思うと、良いことをするのがバカらしくなる。


でも、傍目には全然見えなくても、

それは、地球全土を覆うほど

すごい力を秘めているってことじゃない?


自分が小さな工場で、

すごく小さな歯車を作る係だとして。


そこに、一つ一つ、愛を込めるわけ。


この製品を手に取った人が、

幸せになりますようにって。


そう考えながら作ったら、

欠陥商品なんて自分ではじくでしょ。


そうやって、自分が責任を持って作った部品が、

知らない間に手から手へと渡って、

どんどん世の中に出回るんだ。

インテル入ってる、じゃないけど。


買って使う人は、そんな歯車の存在なんて、

まったく見えないだろう。知らないだろう。

でも、いいの。

その人の使用に耐えうるのならば。


だから、「何を信頼して良いかわからない」とか

ぶつくさ言ってる暇があったら、

少なくとも自分が作り出したり世に出す物は

恥ずかしくない物にするよう努力すれば良い。


地球みんなが、そういう気持ちで生活したら、

あっと言う間に信頼というネットが出来上がるじゃないか。


考えてみれば、マザーテレサも、

目の前の一人一人に愛を込めていただけなのに、

世界中から注目されてビックリなされただろう。


ほら、良いことも悪いことも、小さな事から広がる。


そっか~。私は私の仕事を精一杯頑張ろう。

目に見えなくても、それは無駄じゃないんだわ。

きっと、どこかで役に立っているんだわ~~。

よっしゃ、トイレ掃除、頑張ろうという気にもなってくる。


それを教えてくれるニュースだったから、

私にとっては福音だったという話。


お気楽極楽ポジティブ主婦の戯言です。

お気を悪くされたら、本当にごめんなさいね。