ビデオカメラが、進化している。

今までは、撮影者の手の揺れのせいで、

ビデオ撮影した映像が揺れまくっていた。

それを補正する機能が付いた。

「手ぶれ(補正)機能」と呼ぶ。


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ある日、歩きながら鼻をかもうと、

両手で両側から鼻を押さえながら歩いていたら、

手ぶれ機能の無いビデオ画面のように

自分の視界が揺れたので驚いた。


鼻を押さえるのを止めると、視界がぶれない。


普通に歩いていても、頭は揺れるのだから、

本当なら、いつも視界が揺れていてもおかしくない。

体は自然と視界のぶれを補正する機能があるようだ。


揺れている視界を自分で補正して、

私は普通に歩いている。

これはちょっと、驚きだった。


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先日、テレビを何気なく見ていたら、

新生児ICU(NICU)の特集をやっていて、

そこのお医者さんはいつも心が揺れていると

紹介していた。


機器につながれ自力で生きているとは思えない赤ちゃんを

このままの状態で生かしていくのか、

それとも、器械を外して天寿を見守った方が良いのか、と。

どちらが、本人にとって幸せなのか、悩むのだという。


それを見て、私は、そのお医者さんには悪いと思ったが、

どうかずっと狭間で揺れ続けていて欲しいと感じた。


その揺れ動く心が、愛だと思ったから。


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この間、じんらくさんのブログに、

「謙虚さと勇気」同時に行う、と書いてあったので、

なるほどなあと思った。

やっぱり、どっちかだけでは、まっすぐ前に進めない。


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今まで、まっすぐ生きるというのは、

ぶれない自分であることだと思っていた。


でも、ぶれない人なんているだろうか。


たくさんのぶれを経験することで、

補正する機能も上達するのかもしれない。


もう、ぶれることを恐れるのはやめようと思う。


まっすぐ歩くためには、ぶれの経験も必要なのだろう。


いや、むしろ、ぶれてこそ、前に進めるのだろう。