学校の授業の冒頭で、先生が、
「今日はニンジンについてのお話です」
と言ったとする。
それだけを聞いて、生徒達は
A「野菜の一種だよなあ」
B「料理方法を習うのかな」
C「生育方法についてだろうか」
D「長くてオレンジ色・・・」
E「今朝食べたばかりだ」
F「輸出入の問題か?」
G「朝鮮人参?」
H「切り方は、乱切りとか輪切りとか・・・」
I「おばあちゃんと畑で抜いたことあるなあ」
J「ニンジンが主人公の物語かな?」
などと、それぞれが考える。
そこへ、一人の生徒Xが立ち上がり、
「この野郎!ニンジンの話なんかするんじゃねえ!
むかつくぞ!!」
と言いながら、自分の机を蹴り、
周囲に当たり散らし始めた。
先生も他の生徒達も目が点だ。
Xの行動が理解出来ない。
実は、Xは小さいときに、
大嫌いな親戚の家で、出されたニンジンを食べ、
それがたまたま傷んでいたものだったので、
ますますその親戚が嫌いになり、
ニンジンも嫌悪するようになったという経緯がある。
が、Xはそのことを、深くは認識していない。
ほとんど忘れているような無意識の記憶。
けれども、「ニンジン」と聞くと嫌悪の感情がわき出し、
訳もわからず、むかむかしてしまうのだった。
そういう経緯をどこかで聞くなり、
思い出すなりでX自身が自覚して、
「今は、単なる授業の時間だ。
今、ここには、嫌いな親戚はいない。
腐ったニンジンを今、食べさせられるわけではない。
出されたとしても、食べなければ良いだけだ」
という風に分析していれば、暴れる必要は全くない。
あるいは、暴れる前に、先生やクラスメイト達に、
「すみませんが、この授業は外れていてもいいですか?
ニンジンと聞くと、なんだか嫌な感じがするんです・・・」
と一言だけ説明すれば良いだけのこと。
X自身が自覚しているのとしていないのとでは、
ずいぶんと流れが変わってくる。
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言葉ひとつ取っても、人それぞれ、感じるイメージが違う。
連想ゲームのように
「ニンジン」と聞いたら、
必ず全員オレンジ色と書け、というのはおかしい。
それぞれが、どんな風に思いを馳せても良いと思う。
ただ、私が言いたいのは、
自分が感じるイメージを人に押しつけるべきではないし、
また、押しつけられるべきではないと言うこと。
自分のイメージを相手に理解してもらえないなら、
きちんと自分の思っていることを正確に伝えること。
そういう説明が面倒くさくて省いたりすると、
お互いがお互いの考えていることが理解出来ず、
人間関係で摩擦が生じてしまうのだと思う。