「スタッフジャンパーの天使の夢」と、

「オーラソーマをやってみた」という2つの記事を

2日連続で書いた後、

夜眠れなくて、ふと手に取ったのが

『子育てハッピーアドバイス』という本。


さし絵がたくさんあって読みやすい育児書なのだが、

これを何気なく読み出したら、

涙が止まらなくなってしまった。


スタッフ・・・の夢のなかで、

私は天使に声をかける勇気がなかった。


オーラソーマで出た過去の結果で、

”あなたは時々、「自分は誰からも愛されるはずがない」と

 感じてしまうことがあるかも知れません。

誰かを好きになっても、いつかは裏切られるんじゃないか

という不安が先に立ち、

本気で愛を表現することができないようです。

それはもしかしたら、幼い頃に親から十分な愛情を

もらえなかったという悲しみが原因かも知れません。”

という文章があった。


これらが、ひとつに結ばれたからだ。


先の育児書の中に、

「子どもは、甘え(依存)と反抗(自立)を

 いったり来たりして成長する」とあるのだが、

私はまったく甘えをしてこなかったと思い至った。


これは、親のせいではない。


本来甘やかせてくれるはずの人のフトコロに

飛び込むことが出来ない、という元々の臆病さが

あったからだ。


3才までは、両親の夫婦げんかが絶えなかったので、

「どちらかの味方に付いたら、二人が別れてしまうかも」

などといった不安か、あるいは、

「どっちも私に振り向いてくれない」という悲しみがあって、

両親の双方に甘えることが出来なくなってしまった。


3才のとき、弟が生まれたのだが、

弟の育児に忙しい母の所へ甘えられなかった。

そのときは、先走って考えていた。

「今、甘えたら、なおのこと母が大変なのではないか?」

「お姉ちゃんだから、しっかりしないと」

などと、自分の呪文に囚われていた。


自立という名の反抗を、ずっと続けていた。

「どうせ構ってもらえないのだから、自分でやるしかない」

その姿は、母から見れば「手のかからない子」になり、

母はますます私を甘えさせることはなかった。


本当は、甘えたかったんだよね・・・。

本当は、親ともっと接したかったんだよね。

でも、声のかけ方がわからなかった。

天使の後ろで躊躇していた、あの夢のごとく。


母は台所、父は居間。どちらにも行けずに、

台所と居間を隔てる敷居の真ん中で

お人形遊びしていた当時の小さな私を想像して、

それを腕の中で抱きしめた。


以前ブログに似たような記事を書いたし、

そのときもインナーチャイルドを抱きしめたのだが、

まだ癒されていなかったようだ。


蒲団の中で、止まらない涙を流し続ける。


甘えられなかった幼少の自分。

その小さかった自分を、そっと抱きしめる自分。

そして、その2人を第三者立場で見る自分。

頭の中のイメージで、3つの視点が同時に存在した。


たぶん、もう、大丈夫な気がする。

臆病だった自分を自覚出来たから。

甘え下手な自分を自覚出来たから。


大丈夫だとは思うけれども、

それでも将来、また同じように涙が出たら、

今日のようにインナーチャイルドを抱きしめてあげよう。


依存と自立、行ったり来たりで成長出来るのだから。