多感な時期の話。
友人からイジメにあったり、
あるいは元々、一人が好きな性格のせいか、
ぶっちゃけ人間嫌いだった。
(今も苦手だが・・・。)
当時は、全ての人が敵に見えた。
「誰も側に寄るな!」と思っていた。
私も近寄らなかった。
誰かが近くを通ると
その人がいつ殴ってくるかとおびえ
すぐ逃げられるように身構えていた。
遠くで談笑している人は
自分のことを笑っているのではないかと
イライラした。
そんなとき、よく日記に
「私は今、栗のイガの中にいる」と
したためていた。
周りに攻撃されないように、
トゲのアンテナを張っていた気がする。
トゲで自らを守っていた。
もし近づいてくる人があれば、
自分がそのトゲで指してやろうという
気迫さえ漂っていたように思う。
トゲのオーラを出しているときは、
体中の皮膚がピリピリする感覚がした。
確かに外側へむいたトゲは、人々を遠ざけた。
けれども、そのトゲは、
私の内部へ向かっても生えてきた。
まるで昔の拷問道具の
「鉄の処女」のように。
他人に向かってトゲを向けると、
それは私の内蔵をも傷つけた。
内と外、トゲだらけである。
一人にしておいて、という気持ちと
誰かこの痛みを取って、と助けを呼ぶ気持ち。
ジレンマがずっと続いた。
ああ、そうだ。きっと、このことで泣いていた。
(今まで、当時、
何故泣いていたのか思い出せなかった。)
個室の中で、一人で胸が痛んで傷んで、
「自分の生きる意味は一体何なのだ!」
そう慟哭しているときに、
体の奥から静かな優しい声がした。
「生きているだけでいいんだよ」と。
その一言で、びっくりして我に返った。
今の声は誰?
今の意見は、絶対に自分ではない。
きょろきょろしても周りにはもちろん誰もいない。
声の主はわからなかったのだけれども、
おかげでなんだか心がすっとして、
その日以来、トゲオーラを
徐々に減らすことが出来てきた。
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トゲのオーラはもちろん目に見えない。
けれども、ときたま、猛烈な怒りを感じたとき
皮膚がピリピリするからすぐわかる。
結婚して以来、トゲを出す機会は
ほとんどなくなってきたのだけれど、
先日、とある人を許せなくて
(↑勝手に仮想敵にしてしまいました。すみません。)、
その人が目の前にいないときに、
「思いだし怒り」をしてしまった。
そのときちょうど、次女の手を握って
スーパーからの帰宅途中だったのだが、
怒りのせいで、やはり手がピリピリした。
それを自分で感じ、「あ、トゲ出た!」と
思ったときに、
次女が突然、私から手を放して、
「痛い、痛い」と言い出した。
私はビックリして、
トゲオーラをひっこめるべく冷静に戻り、
次女が痛がる手の平をさすってあげた。
「だ、大丈夫?もう平気?まだ痛い?」
「もう痛くない~」
次女は、再び私の手を握った。
おお、危ない、危ない。
トゲオーラは、実際に人を傷つける。
理不尽な怒りは、なるべく抑えようと思った。
周りの人と、自分のために。