何故、食に対して真剣に考えるようになったかというと

実家の父の姿を見てからだ。


父は私同様、食に無関心だった。

(いやむしろ、私が父に似たのだろう。)


お腹が空くと、おにぎり一つ、あるいは

レーズンパンを少量食べて、

「これで食ったことにしよう」と済ませていた。


そんな父が、病院で血液の検査をして

異常値を発見してからは生活を一変させた。


食品成分表の本とにらめっこしながら

食材をひとつひとつキッチンスケールに載せ、

「唐揚げは、これだけしか食べてはいけないのか」

などとぶつくさ言いながら、食している。


これは、私の将来の姿だろうか。


こんな面倒なことをして食事をしていたら、

味なんてわからなくなってしまう。

何のために生きているのやらわからない。

食事タイムを減らしてでも好きなことをしていたツケが、

食品を毎回秤に載せる日々にとってかわるなんて。

自分の時間が、かえって減ってしまうではないか。


かといって、今までのような

お腹さえ満たされればそれでいいと

いうような食べ方は良くないのだと、

改めて反省させられた。


グルメになるつもりは無いが、

体を健康に保つためには、

やはりある程度の栄養バランスは必要らしい

ということがわかった。


食べ物一つ一つを考えてみれば、

口に入れた物が今後の自分の細胞となる。


だとしたら、もっと積極的に真摯に

食物と向き合おう。


やりたいことがあるのなら、

やれる体を作っておくのは当然の話だった。


お寺のお坊さんが精進料理を作る時のように

食物に対して感謝の気持ちを込めて作り、

そして、大切にいただくことにしよう。