小学生低学年の頃に、初めて小説を書いた。
片足を事故で失ったクマの話。
絶望したクマは、家の中に引きこもってしまう。
森の動物たちは、窓からクマを励ますが
クマは家の中から出ようともしない。
そして、クマはある時、祈ることにした。
「神様、私の新しい足をどうか生やしてください」、と。
そこで、筆は止まってしまった。
神は、足をくれるのか?
祈りが通じないで、そのままだったら、
クマはその後どうしたらいいのか?
ずっと考えても答えが出なくて、
その小説はそこで終わってしまった。
中学の頃に、ふと再び思い出して、
続きを書こうとしたがやっぱり書けず。
そうして、何度も思い出しては、
続きが浮かばず放置していた。
結局書き始めてから30年も経って、
今なら少し、続きが書けそうな気がする。
・・・結局、クマの祈りは届かない。
新しい足など生えてくるわけがないのだ。
クマは神を多少呪うかもしれない。
が、呪ったところで、状況は変わらない。
仕方なく、クマは、松葉杖で
外を歩くことにする。
外で、とある森の住人が困っており、
クマはそれを助けることが出来た。
そうして、クマはうれしくなる。
「ああ、まだ自分にも出来ることがあった」。
・・・う~む、なんとベタな話だろうか。
書いていて、ありきたりだなあと思う。
30年かかって、やっとの答えがこれか。
でも、心のどこかで、腑に落ちている。
ただこの話はこれで終わりではなくて、
いったいクマはどんなことを最後にやったのか
それがわからない。
結局、まだ未完のままのストーリーだ。
こうやってつらつらと書いていたら、
このクマって、前世の自分だったのではと
強く感じている。
体の欠損をものすごく嫌がっている今の自分。
なんだか昔、そうだった気がして仕方がない。
事故か何かで、体のどこかを・・・。
気のせいだろうか?
神を呪って当時はそのまま死んだのだろうか?
小さい頃に孤独を感じていたのは、そのせいか?
ありがとう、神様。
今はちゃんと足があります。
自分の足で歩いていきます。
そして誰かを助けます。
きっとそれが生まれ変わった理由なんですよね?
・・・と、つぶやいてみる。
(これが全部私の思い過ごしなら、
それもまた笑い話になるから、良しとしよう。)