(昨日のブログの続きですが、
単独でも読める記事です。)
実家に置きっぱなしの私物を
この夏、大幅に処分することにした。
その荷物が多かったので、
寝泊まりさせてもらう仏間にひとまず置いて、
出来なかった分は翌朝やることにした。
夜明け頃、夜勤で帰ってきた父が
私の寝ている仏間の戸を開けた。
その部屋には、父の着替えもあるからだ。
目をつぶったままの私は、父の動きを
察することが出来た。
父がゴソゴソと着替えている音がする。
そのあと、私の荷物を運んでいる気配がした。
「お父さん、それは、私のだよ。
朝になったら片づけるから、そのままにしておいて。
お願いだから、捨てないで。」
と心の中で念じてみるが、口が動かない。
ビニール袋が、ガサガサと音を立てている。
ゴミ袋につっこんでいるのだろうか。
父はひととおりの作業を終えた後、
また仏間の戸を閉めて自室へ寝に行ったようだった。
ああ、処分されてしまったか。
まあいいか。
あれだけの量をやってくれたから、
むしろ、ありがたい。
そう思いながら、また寝てしまった私。
朝起きてみたら、荷物は仏間の外の
廊下に出されているだけだった。
父は足のやり場に困って、部屋の外に
運び出しただけだったのだ。
そんなわけで、私は予定通り
自分の作業を始めたのだけれど、
その量の多さに、
「やはり、父にボンと捨ててもらえれば
良かっただろうか」と弱音が出た。
昼頃になって、父が仮眠から起きてきた。
私がゴミを仕分けしているのを見て、言う。
「父さんが結婚して家を出た後、
家に帰省したら全部オレのは処分されていたよ。
やっぱり悲しかったなあ。
お前は自分でやれるから良いね」
「そうだったの・・・。
でも、その方が、
いっそサバサバしていて良いかもね。
自分がやるとどうしても
思い出に浸ってしまって
(処分に)時間がかかるよ。
量も多いし、面倒だよ。」
「そういうものかねえ・・・」
父は首を傾げながら、離れていった。
作業しているときは、その大変さから
父へ反論してしまったが、
後から考えてみれば、父の意見にも
頷ける点が多々あった。
身辺整理を誰がやるかというのは
かなり考えさせられる。
たとえば、私が不慮の事故で突然死んだら、
私の物は全て誰かが処分するだろう。
我ながら荷物が少ない方だと思っているが、
それでも一括で捨てるというのは半端でない作業だ。
こんな面倒な作業を人にやってもらうなんて
申し訳ないなあと思う。
ましてや、出来損ないの詩やら
恥ずかしい日記なんて出てきて
それを誰かが読んだりなんかしたら
草葉の陰から飛び上がってしまう。
やっぱり、こうやって自分で
自分の始末を付けていくのが
一番良いのかもしれない。
実際、今回、本当に若い頃に作り出していた
恥ずかしい詩や日記や絵が大量に出てきて、
「おお、恥ずかしい~。
でも、ああ、良かった。これを
誰にも見られずに処分出来るわ。」
とほっとした。
人間はいつ死んでしまうかわからないから、
残っていて恥ずかしい物は極力自分で
秘密裏に処分しよう、そうしよう。