時々、瞑想している。


けれども、いろんな事が頭をよぎるので

ちゃんとした瞑想になっているのか自信がない。


昨日の瞑想はちょっと違っていた。

何も考えないまま

気が付いたら1時間ほどやっていた。


何も考えが浮かばないってどういうことだろう。


これも瞑想としては失敗なんじゃないか?


***


今回の何も考えない瞑想が終わった後、

心の中が何故か空っぽのままになっていた。


むなしい・・・。人生ってなんとむなしいのか。

猛烈な虚無感に襲われて、途方に暮れた。


楽しいことを何もする気になれなかったので、

嫌なことをしてみた。


家の掃除をしたり、溜まっていた家計簿つけをした。


全然、苦にはならなかった。

それが何故か逆に、一抹の不安になった。


エゴが無くなってしまった。

私という個性が消えて無くなってしまったようだった。


これからは、こんな気持ちのまま

空気のように生きていくのだろうか。


これが私の求めていた境地なんだろうか。


すごくすごく小さくなってノミくらいになったエゴが

「消えたくない。消えたくない。」

とささやいているのが聞こえる気がした。


もう、消えてしまうんだよ。仕方がないんだよ、きっと。

消えそうなエゴに対して、あきらめの言葉をかけていた。


いよいよ、エゴが消滅しそうかという頃、

ちょうど娘たちがことごとく失敗しはじめた。


それまで虚無だった私の中で

突然、ボッと火がついた。


「何やってんの!こぼしたのはちゃんと拭いて!」

などと急に怒り出した私。


そうして、自分の怒鳴り声にびっくりする。

あ、まだエゴがあった。


娘たちにこれ以上当たりたくなかったので、

きびすを返してパソコンに向かい、

サルのようにネットゲームを始めた。


泣きそうな娘たちが話しかけてきても、無視。


ずっとやり続ける。ずっと、ずっと。


娘を怒鳴るのも私。

アホなゲームを延々とやり続けるのも私。

ああ、私はちゃんとここにいた。


満足するまでゲームをやったら、

むなしい気持ちが落ち着いて、

瞑想する前の私に戻れた。


ああ、良かった。

その後は、娘たちにも

優しく接することが出来るようになった。


ほっとしたのは、私のエゴの部分だろうか。

でも、理性のどこかでもやっぱりほっとしていた。


小我(エゴ)と大我の両方があって、

自分があるんだ。

それがとても嬉しいのだった。


****


こんなことがあった後で

覚え書きのノートをふと開くとそのページに

自分の字でこんなことが書いてあった。


”現実の空しさ、うつろさを

 徹底して実感せよ(色即是空)、

 すると、現実に生きる価値と意義が十二分に

 自覚出来る(空即是色)”