イデアは、私だけの心にあるわけじゃない。
みんなの、各々の心の中にある。
見えないけれど、感じることは出来るもの。
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たとえば、機械で印刷した、名画の複製。
名画そっくりなのに、本物と違って
あまり感動出来ないのは何故だろうか。
たとえば、子どもが一生懸命描いた
お母さんの似顔絵。
全然似てない。子どもの絵ははっきり言って下手だ。
でも、涙が出てくるのは何故だろうか。
つまり、絵の中に、イデアがあるかないかで、
こんなに差があるってこと。
上手い下手は、関係ないって事。
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画家にも子どもにも、
心の中にイデアがあるんだよ。
それを絵の中に閉じこめているんだよ。
見た人に喜んでもらいたいとか、
楽しんでもらいたいとか、
私のイデア(真・善・美)はこうなんですが、
どうでしょうか?などと
邪心のない気持ちで作ると
イデアが入り込む。
イデアは目に見えないけれど
それを見た人は
自分の中のイデアと無意識に比べている。
他人のイデアと自分のイデアが共鳴したとき、
そこに感動が生まれる。
そしてもっとすばらしいイデアが生まれる。
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絵が描けないからダメ。下手だし。
そんな風に思わないで。
自分に出来ることは何でも良いから、
そこにイデアを込めればいいだけのこと。
周りに喜びや感動を与えることなら
何でもOKだから。
音楽、文学、数学、哲学、物理、生物学、
などといった、勉強分野だけでなく、
スポーツの分野で人に勇気を与えても良い。
仕事で「お客様に喜んでもらえるような接客」や「製品作り」、
「お年寄りに席をゆずる」とか
「お母さん、忙しそうだから新聞持ってきたよ」とかいう
小さなお手伝いでも何でも良い。
何も作れないなら、誰かへの笑顔も素敵。
何気ないように見える笑顔も、
あなたが顔の筋肉を動かして
作り出した立派なイデア。
詰め込み教育とか、ゆとり教育とかで
色々問題があるけれど、
私は「イデア(まごころ)教育」がいいと思う。
道徳教育じゃなくて、まごころ教育。
誰かを助けることの出来る人、
感動を与えることの出来る人を
今後、育成していくのが一番大切だと思うから。
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適当に大量生産して、
ほったらかしの製造者。
クレームなんて放っておけ。
欲しい量よりたくさん作ったって構わない。
壊れたら新しいのを買ってください、と
消費者を馬鹿にしている人がいる。
儲かるためには、
他人が腹痛を起こしても構わないような
食品を売りつける人々がいる。
適当に曲を作って、
「きっと当たったら大もうけになるぞ」
などとほくそ笑んでいる作曲家がいたりする。
イデアがこもっていない物をいくら手に入れても、
人は幸せになれない。
感動出来ない。
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今の世の中には、
イデアがなんと少ないことだろう。
今からでも遅くないから、
自分が作るものや行動には
イデアを込めてみてはどうだろう。
見返りを求めない思いやりの心で。
ピカピカのまごころをそこに込めてみよう。
下手でも良いし、遅くても良いから。
それはきっと、相手の心に届くと思うから。
相手の心に届いたら、
相手は心の底から微笑んでくれるだろう。
その微笑みにはイデアが入っている。
イデアのこもった微笑みが、
プレゼントになって戻ってくる。
そうやって、お互い幸せになれるんだ。