イデアは、私だけの心にあるわけじゃない。


みんなの、各々の心の中にある。


見えないけれど、感じることは出来るもの。


****


たとえば、機械で印刷した、名画の複製。


名画そっくりなのに、本物と違って

あまり感動出来ないのは何故だろうか。


たとえば、子どもが一生懸命描いた

お母さんの似顔絵。


全然似てない。子どもの絵ははっきり言って下手だ。

でも、涙が出てくるのは何故だろうか。


つまり、絵の中に、イデアがあるかないかで、

こんなに差があるってこと。


上手い下手は、関係ないって事。


****


画家にも子どもにも、

心の中にイデアがあるんだよ。


それを絵の中に閉じこめているんだよ。


見た人に喜んでもらいたいとか、

楽しんでもらいたいとか、

私のイデア(真・善・美)はこうなんですが、

どうでしょうか?などと

邪心のない気持ちで作ると

イデアが入り込む。


イデアは目に見えないけれど

それを見た人は

自分の中のイデアと無意識に比べている。


他人のイデアと自分のイデアが共鳴したとき、

そこに感動が生まれる。


そしてもっとすばらしいイデアが生まれる。


****


絵が描けないからダメ。下手だし。

そんな風に思わないで。


自分に出来ることは何でも良いから、

そこにイデアを込めればいいだけのこと。


周りに喜びや感動を与えることなら

何でもOKだから。


音楽、文学、数学、哲学、物理、生物学、

などといった、勉強分野だけでなく、

スポーツの分野で人に勇気を与えても良い。


仕事で「お客様に喜んでもらえるような接客」や「製品作り」、

「お年寄りに席をゆずる」とか

「お母さん、忙しそうだから新聞持ってきたよ」とかいう

小さなお手伝いでも何でも良い。


何も作れないなら、誰かへの笑顔も素敵。

何気ないように見える笑顔も、

あなたが顔の筋肉を動かして

作り出した立派なイデア。


詰め込み教育とか、ゆとり教育とかで

色々問題があるけれど、

私は「イデア(まごころ)教育」がいいと思う。

道徳教育じゃなくて、まごころ教育。

誰かを助けることの出来る人、

感動を与えることの出来る人を

今後、育成していくのが一番大切だと思うから。


****


適当に大量生産して、

ほったらかしの製造者。

クレームなんて放っておけ。

欲しい量よりたくさん作ったって構わない。

壊れたら新しいのを買ってください、と

消費者を馬鹿にしている人がいる。


儲かるためには、

他人が腹痛を起こしても構わないような

食品を売りつける人々がいる。


適当に曲を作って、

「きっと当たったら大もうけになるぞ」

などとほくそ笑んでいる作曲家がいたりする。


イデアがこもっていない物をいくら手に入れても、

人は幸せになれない。

感動出来ない。


****


今の世の中には、

イデアがなんと少ないことだろう。


今からでも遅くないから、

自分が作るものや行動には

イデアを込めてみてはどうだろう。


見返りを求めない思いやりの心で。

ピカピカのまごころをそこに込めてみよう。


下手でも良いし、遅くても良いから。


それはきっと、相手の心に届くと思うから。


相手の心に届いたら、

相手は心の底から微笑んでくれるだろう。


その微笑みにはイデアが入っている。

イデアのこもった微笑みが、

プレゼントになって戻ってくる。


そうやって、お互い幸せになれるんだ。