昨日のブログの中で、


『仏様にも、悪心はあるんだって。


良心と悪心、両方を兼ね備えている。

両方あって、完璧な姿だから。 』


と、書いたが、

ちょっと違うぞと思い直した。


『完璧』という言葉に違和感がある。


神様でも仏様でも、大いなる秩序でも、

なんという呼び方でも良いのだが、

とにかく、その神様と呼ばれるものは、

『完璧』ということはありえないのだ。


それに、気が付いた。


神様が完璧ではない、というのは、

どういうことか。


完璧というのは、欠陥がないということだ。

もう、余計な物は何もいらないということだ。


数学のπは永遠に続く数字であるけれども、

それがどこかで割り切れて止まってしまうとする。

そうすると、それはπが完璧になった瞬間だ。


完璧になった瞬間、それ以上、変化が無くなり、

動きが止まる。


神様も同じ事。

完璧になったら、それ以上の変化は望まなくなる。


完璧を崩したくないから、

時空も止めてしまうだろう。


でも、時空は止まることがない。

そうなると、一秒でも先は、その完璧が崩れる。

なぜなら、00秒と、01秒では、数字が違うからだ。

数字が違うというのは、前と後とで変化が起きたこと。

たった0.0000・・・・1秒の変化が認められるなら、

完璧はありえないということになる。


時間が経てば、

その完璧が崩れるか、より完璧になるかの

どちらかだ。


より完璧になるのならば、

それ以前の状態は『完璧』ではなかったことになる。


この世は、無常。常ならず。

ひとところに留まることはない。

それは、神様とて同じ事。


魚も人も宇宙も神様も、進化し続ける。

退化もありうるかもしれないが、

とにかく変わり続けていく。


だから、『完璧な神様』は、存在しない。


『変わり続けていく神様』を、私は信じる。



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こうやってブログに書いているのは、

私個人の哲学をまとめているだけであり、

世間的に正解かどうかは知らない。


これを読んで、これが真理だとは思わないで欲しい。

私にとっては真理だが、

読者のあなたにとっては真理ではないかもしれない。


これを読んで、興味を持ってくれたなら、

おのおの、自分で追求してもらいたい。


人になんと思われようと、

私は常に考え続けるだけ。


本当の真理が何か、つかむまで。


我思う故に、我あり。